【連載・写真のひみつ】第34回 「緑」について

作品の中の緑
旅先で撮影した写真を見返し、「色」を意識してみください。おそらく最も多く写っている色は「緑」になると思います。山、森、林、 草原、田んぼ、畑……と日本の風景にはいたるところに緑があふれています。東京のような大都会であっても、意外と街路樹や観葉植物などの緑が多いことに気づきます。

当然、プリンスエドワード島のような田舎には、あふれんばかりの緑があります。30年前のキャッチコピーが、「54種類の緑がある島」でした。もちろん54という数字は適当だと思いますが、春から秋にかけて多様に変化する森や大地の表情を見ていると、まんざら大げさな表現でもないような気がしています。

緑の色彩は、多くの人の心に安らぎを与えてくれます。植物を見て不快に感じる人はいないでしょう。でも面白いことに、緑の工業製品を好む人は少ないようです。私は以前スバルのフォレスターに乗っていました。購入時、人とかぶりたくなかったので、6色あった中から「ジャスミングリーン」を選びました。大変気に入っていましたが、愛車と共に過ごした5年間で、「いい色の車ですね」と言われたことは一度もありませんでした。現にこの色はフォレスターの中では不人気色で、購入したのは私のような好事家のみだったようです。

風景写真は、緑の色彩をいかに的確に表現できるかで、作品の良し悪しが決まってきます。

カラー写真は、光の三原色(Rレッド・Gグリーン・Bブルー)の組み合わせによって生み出されます。フィルムの中ではポジフィルムが、被写体の忠実な色再現に優れていました。中でも富士フイルムが生み出す緑は定評があり、「プロビア」というフィルムを使えば、誰でも簡単に美しい風景を美しく撮ることができました。あと、彩度が強調される「ベルビア」というフィルムもありました。私はベルビアのグリーンが好きで、カナダ各地の旅で好んで使ったものです。

ベルビアの「緑」は、とても美しい。カナダ、プリンスエドワード島の風景を撮るときは欠かせないフィルムだった。

デジタルカメラも同じようにRGBで色が作られますが、生み出される写真がデータになるため、色の再現性はカメラメーカーによって微妙に異なります。たとえば緑だと、A社は黄緑になり、B社は彩度が強く、C社はあっさりで、D社は赤味が強いなどの特徴があります。またどの色も、フォトショップなどのソフトを使えば簡単に色を変えることができます。特にアマチュアは、どんどん色をいじります。そのため、たくさんの緑が登場するようになりました。

デジタルカメラで生み出される風景作品は美しくない、と感じている人が多いと聞きます。原因の一つに、色の再現性が多様になったことが考えられます。例えば1本の木を撮るにしても、フィルムだと葉の緑を的確に記録し、見たままの状態で1枚の作品にしてくれます。しかしデジタルになると、ホワイトバランスなどカメラ側の設定がまちまちで、フォトショップなどのソフトで色を変化させるので、葉の緑が幾重もの色を持ちはじめてくるのです。人は誰しも記憶色と違う植物を目にすると違和感を覚えます。デジタルカメラで表現する風景写真はイマイチだと考える人は、おそらくたくさんの色に惑わされているのでしょう。

初期のデジタルカメラは、緑が黄緑色に転んでしまった。この色彩が嫌で、なかなかデジタルに乗り換えることが出来ずにいた。

忠実に緑を表現する
私はデジタルカメラを使うようになってから、植物の緑の色彩をいかに自然な形で表現するか、つまり、フィルムのように的確な緑にするかを真剣に考えてきました。

最も大切なことは、撮影時は「スタンダード」で撮ることです。「鮮やか」や「ビビット」などの設置にしてしまうと、緑の色彩は必ず変な方向に転びます。生み出された画像をレタッチするときも、あまり緑に手を加えないように心掛けています。もちろん色味があっさりしている作品はフォトショップで彩度を強調しますが、そのときに+30、+40と極端に彩度を持ち上げるようなことは絶対にしません。

PLフィルター使用時も神経を尖らせています。PLフィルターは、手動で光の反射を除去することより、被写体本来の色彩を引き出してくれる、風景写真では必須と言われているフィルターです。晴れた日は常用しているプロも多くいます。

私自身も、海外や国内で風景を撮るときはよくPLフィルターを使っています。そのときに心掛けているのは、「効かせ過ぎない」ことです。PL効果を最大にしてしまうと、植物から白い光の反射が完全に除去されてしまうので、緑は不自然に色濃くなり、見た目から掛け離れていきます。そこでPLの効果を半分くらいにして、光の反射を少しだけ残すように撮影を行っているのです。

あと、PLフィルターを使わない写真も必ず撮るようにしています。特にデジタルの場合は、たとえPLを半分効かせただでも、PL特有の「色かぶり」によって、全体のカラーバランスが崩れることがよくあるからです。クオリティが求められる企業カレンダーではこれが致命的。PLを使わないで撮影した「おさえ」の作品に救われたことが今まで何度もありました。

森を撮るには曇りがベスト
樹木が茂る森を撮影するとしましょう。よく晴れた日にカメラを向けると、太陽の光が当たっているところと、影になっているところのコントラストの差が強くなり、生き生きとした植物の緑を伝えることが出来ません。これはPLフィルターを使っても同じことです。

ではどうすればいいか。答えは簡単です。曇りの日を選んで撮影を行えばいいのです。

コントラストが弱まる曇りの日は森の緑が美しく撮れる、という事実は、多くの写真家が知っています。図書館に行って、何種類かある屋久島の写真集を見てみてください。多くの作品が曇りか雨の日に撮影されている事実に驚くでしょう。屋久島はなかなか晴れないということを逆手に取り、森の緑の美しさを引き出すことに成功しているのです。

私が2005年に出版した写真集『ローレンシャンの秋』は、世界一と言われるカナダ、ケベック州ローレンシャン高原の秋の紅葉をテーマにした作品集です。赤や黄、オレンジに色づく樹木の美しさを伝えるため、あえて晴れたときを狙って作品を生み出していきました。

後半は、冬、春、夏の表情を少し紹介しています。特に夏の撮影では、森の緑の美しさを伝えることを心掛けました。最初、よく晴れた日を選び、PLフィルターを使って撮影を行いましたが、木々の緑が不自然な色に転ぶことが気になっていました。そこで曇りの日にも積極的に森を歩いて撮影を行ったのです。写真集では、晴れと曇りの写真を織り交ぜながら、緑輝く夏の美しさを表現してみました。

風景作品の中で、緑の色彩はとても重要な要素を秘めています。緑に気を使えば使うほど、素晴らしい作品を生み出すことが出来るのです。

PLフィルターを使って撮影を行っている。緑は色濃くなるが、白い光の反射が除去されてしまうので、のっぺりした感じになる。
曇りの日に撮影を行うと、植物の緑を的確に写しとめることができる。もちろん曇りや雨の日はPLフィルターは使わない。

【次号に続く】

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