「ラムダ」のカメラザックの魅力

多くのプロ写真家は、アメリカのメーカー、シンクタンクフォト(think tankPHOTO)のリュック型カメラバックを愛用しています。私も海外に行くときはシンクタンクフォトのエアポートコミューターに機材を入れ、飛行機に搭乗します。

なぜシンクタンクフォトのカメラバッグが選ばれるのでしょうか。

理由は、「丈夫だから」です。使っても使ってもファスナーが破損したり、表面生地が破れたり、型崩れするようなことはありません。かなり重い機材を入れて移動を繰り返しても、肩ベルトがちぎれるようなこともない。そんなタフなところが、シンクタンクフォトというブランド価値を高めているのでしょう。

では、モノ作り日本に、このような頑丈なカメラバッグを生み出しているメーカーがあるのでしょうか。実は一つだけ存在します。それはラムダのカメラザックです。

ラムダは1982年創業の会社で、主に登山用のカメラザックを作り続けています。山と写真を愛する人の間では知られており、ラムダのカメラザックしか買わない、というコアなファンもいます。ヨドバシカメラをはじめとする量販店や登山用品店のリュックコーナーには、ラムダの製品は決まって目立つ位置に展示販売されている。そのことからも、多くの愛用者がいることがわかります。

実は私もラムダのカメラザックを愛用している一人です。海外取材で35mmカメラを使うときはシンクタンクフォト、国内取材で中判カメラ、大判カメラを使うときはラムダと上手く使い分けているのです。

ラムダの歴史に幕
ラムダの社長、佐久間博氏と初めてお会いしたのはいまから15年ほど前です。当時8×10大判カメラを入れる大型のカメラバッグを探していた私は、思い切ってラムダにコンタクトし、カメラのサイズに合わせたカメラザックを特注で作ってもらいました。

佐久間氏は律儀な方でした。写真展の案内状を送ると必ずお祝いを持って会場に駆けつけてくれたし、写真雑誌でラムダの記事を書くと、すぐにお礼の電話が入りました。

そんな佐久間氏から、2023年の夏、突然自宅に手紙が届いたのです。何だろうと思い開封してみると、会社を畳むという案内でした。佐久間氏は今年で87才、奥様も体調を崩しミシンを踏むことができなくなり、職人さんたちの高齢化も進んでいる。これ以上事業を継続するのが困難になったとのこと。

私はショックを受け取ると同時に、日本から素晴らしいブランドの一つが消滅してしまう寂しさも感じました。

終業日は1ヶ月後の8月31日と書かれています。いてもたってもいられなくなった私は、ご挨拶を兼ね、埼玉県川越市にある会社にお邪魔することにしました。

ラムダのカメラザックの魅力
東武東上線の新河岸駅から歩いて20分ほど、閑静な住宅街の一角にラムダのカメラザックを製作している工房があります。ドアを開けると、いつもの穏やかな表情で佐久間氏が出迎えてくれました。確か最後にお会いしたのは1年半前、私が四谷のギャラリーで開催した写真展のときです。とてもお元気そうでした。

工房内には、「ダ、ダ、ダ、ダ……」と激しい業務用のミシンの音が響いていました。2人の職人さんが忙しそうに手を動かしています。佐久間氏が笑いながら、

「会社を畳むというお知らせを各方面に出してから、注文が殺到しているんです。こんな状態だとしばらくはやめられそうにありませんね」

淡い外光が射し込む工房には、ドアに向かって数台のミシンが整然と並んでいます。スチールの棚には製作途中のカメラザックがいくつも置かれている。かつてイタリアのクレモナで見たヴァイオリン職人の工房を思い出しました。

私が職人さんたちの見事なミシン捌きに感動していると、佐久間氏が「こちらもご覧下さい」と言って2階の作業場を案内してくれました。生地を断裁するときに使う大きな作業台が置かれ、壁はカメラザックの元となる型紙で埋めつくされています。

「新製品はまず型紙を作ることからはじめます。ここに歴代のカメラザッグの型紙が保管されているんです」

以前オーダーした8×10大判カメラのカメラザックも型紙から制作したのだろうか……。ふと疑問に思った私は尋ねてみました。

「もちろんです。吉村さんのカメラザックは、50LのⅣ型をベースにして1.5倍のサイズで型紙を作りました。かなりの大きさだったので、いまでも鮮明に覚えていますよ」

作業台の奥は、出荷前の商品を一時保管する倉庫になっており、「霧ヶ峰」「燕岳」をはじめとする人気商品がずらりと並んでいます。いまは毎週のように販売店の担当者が買いつけに来るのだとか。

ラムダの歩み
佐久間氏は工業高等学校を卒業後、カメラの修理を行う会社に就職しました。山登りが好きでたまらなかった佐久間氏は思い切って会社を辞め、当時所属していた山の会の合宿に参加し、約一ヶ月間かけて北海道の山々を縦走します。

東京に戻ると、姉の嫁ぎ先である婦人服の会社に就職。そこで裁断から型紙おこし、縫製を覚えました。その後、四谷の登山用品店チョゴリザの製造部門で腕を磨きます。1982年に独立し、ラムダ社を設立しました。

当初は三脚ケースとカメラケースを製作し、カメラのさくらや、カモシカスポーツなどで販売を行っていました。

やがて、かねてからの夢であったカメラザックの製作をはじめます。試作品ができると自ら背負って山に入って使い勝手を検証します。時には山岳写真家の内田耕作氏に使ってもらい、プロの意見も積極的に製品に反映させていきました。

会社設立2年後に、カメラザックⅠ型が完成します。このありそうでなかった登山用のカメラザックは、山や写真、自然を愛する多くの人に受け入れられます。翌年はⅡ型、そしてⅢ型と新製品が出るたびに売上もアップしていき、90年代は、職人が8人、外註が15人もの大所帯となり、月に150個のペースでカメラザックの製造を行っていたといいます。

佐久間博社長。現役のアルピニストで、山岳写真の腕もプロ級。

ラムダが選ばれる理由
山や写真の愛好家がラムダのカメラザックを選ぶのは、大きくわけて2つの理由があります。一つは「使い勝手がいい」こと。ザッグの上部や前面にポケットがあるのでカメラやレンズの出し入れがしやすく、三脚もカメラバッグの側面にベルトで即座に固定できます。

もう一つは「壊れない」ことです。一切の妥協を許さない職人たちが一点一点手作りで生み出していくカメラザックは、細部までしっかりと作り込まれているので、重い機材を入れて過酷な現場に連れ出してもびくともしません。

ラムダのカメラザックは、摩耗に強いスプラッシュと呼ばれるナイロン生地を使って作られています。テトロン20番の糸で縫製され、ファスナーは創業時からYKKを採用。ショルダー紐の取り付け部分には、かしめと呼ばれるビスを打ち込み、強度を出しています。ポケット部分は斜めに生地を断裁しているので、ファスナーがスムーズに動きます。

「あまりに持ちがいいのでカメラザックの買い換えが進みません。壊れないことが最大の欠点かもしれない、とよく従業員に言われますね・笑」

ラムダが発行している商品カタログには、槍ヶ岳、燕岳、双六岳と山の名前が付けられた大型のカメラザックと、くぬぎ、かえで、こまくさと植物の名前はつけられた小型のカメラザックが紹介されています。

この中で、1999年に誕生した「霧ヶ峰」は、上部気室にカメラ、下部気室に衣類、取り外し可能なサイドポケットという使い勝手のよさが受けて大ヒット商品となりなり、このスタイルが、後の「槍ヶ岳」、「こまくさ」に受け継がれていきました。

2000年代に入ると、スタイリッシュでタウンバッグとしても使える「ライチョウ」「かえで」「すみれ」などを世に送り出し、女性ファンも増えていきました。

時代の流れ
この30年で、写真界を取り巻く状況は大きく変化しました。フィルムカメラから一眼デジタルカメラになり、2015年頃から小型軽量のミラーレスデジタルカメラが主流となってきました。そのミラーレスカメラも、スマホに取って変わろうとしています。写真の愛好家までもが、山に登るときは「スマホだけで写真を撮る」という時代がすぐそこまで来ているのです。

カメラやレンズを保護するカメラザックの需要が急速に縮小していることも事実。佐久間氏が会社を閉じる決断を下したのも、現状を直視し、これから先の時代を見据えてのことなのかもしれません。

2時間ほど楽しいひとときを過ごした私は、佐久間氏や職人さんたちに別れを告げ、工房を後にしました。駅へと歩く道すがら、ラムダのカメラザックとの関わり合いを回想しました。

20歳の春、カメラマンになりたかった私は、思い切ってカナダに行くことに決めました。そのとき、カメラ機材が入り、なおかつ衣類なども入れることができるリュック式の大型バッグを池袋のカメラのさくらやで購入したのです。メーカーは全く意識していませんでしたが、そのとき選んだのがラムダのカメラザックでした。

20代の頃は4×5大判カメラを使って風景を撮影していましたが、そのときに選んだのもラムダのカメラザックだったのです。

8×10大判カメラを購入したとき、この巨大なカメラを入れることができるカメラバッグを探しましたが、なかなか見つかりません。ラムダに特注で作ってもらった大きなカメラザックは、まさに「世界に一つだけ」。もちろんいまでも使っています。

40年以上の歴史を刻み、多くの人から愛され続けてきたカメラザックの老舗メーカーが業務を終了してしまうのは、残念で仕方ありません。佐久間社長、ずっとミシンを踏み続けてきた職人さんたちに「お疲れ様でした」という思いがある一方、これからも何らかの方法で製造と販売を継続してもらいたい、という別の思いがあることも事実です。

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