回転木馬【カルーセルエルドラド】の物語

100年以上の時を越え、夢とロマンを語り継ぐ伝説の回転木馬「CAROUSEL EL DORADO カルーセルエルドラド」は、かつて、東京都練馬区の水と緑の遊園地「としまえん」にありました。2020年に出版した写真集『CAROUSEL EL DORADO』から、一部抜粋してお伝えいたします。

カルーセルエルドラドは、ドイツの機械工ヒューゴ・ハッセによって生み出されました。回転木馬の研究に没頭していた彼は、1892年、電気を動力とする遊戯機械を開発します。次に、世界一大きくて豪華な回転木馬を造ろうと決意。当時の機械技術と美術工芸技術のすべてを投入して製作されたのが、この直径18.4mもある巨大な回転木馬だったのです。

1907年、ミュンヘンのオクトーバーフェストで初めてお披露目されます。人々は3段の舞台がそれぞれ異なる速度で回転する技術力の高さに驚くと同時に、全体に施されたアール・ヌーヴォー様式の豪華な美術工芸に感嘆しました。

機械工であるとともにカーニバル(移動遊園地)業者でもあったハッセは、ヨーロッパ各地で行われるカーニバルを積極的に巡業し、回転木馬を提供しました。しかしハッセには悩みもありました。この回転木馬はヨーロッパのマーケットでは大きすぎて設置スペースを確保するのが難しかったこと。そして、拠点としていたドイツにも戦争の不穏な足音が聞こえはじめてきたことです。

そんなとき、アメリカのルーズベルト大統領が、ヴィルヘルムⅡ世の招きでドイツを訪れます。そのニュースを知ったハッセは、回転木馬をアメリカに移送することを思いつくのです。

1911年、回転木馬は海を越えました。ニューヨーク市ブルックリン区にあるコニーアイランドのスティープルチェース遊園地に設置。黄金に輝く回転木馬は「カルーセルエルドラド」と名づけられ、アメリカの地で新たなスタートを切ることになりました。

20世紀初頭、コニーアイランドは、アミューズメント産業のまさに絶頂期にありました。数ある遊具の中でもカルーセルエルドラドは一番の人気で、数多くの紳士淑女、家族連れを惹きつけていたのです。

しかし、アミューズメント産業の好景気は長くは続きませんでした。第二次世界大戦後、不動産価格は上昇し、低所得者向け高層住宅建設ラッシュの波にのまれて、遊園地は次々と閉鎖に追い込まれていったのです。1965年にスティープルチェース遊園地が閉鎖。カルーセルエルドラドは倉庫で埃を被ることになりました。

しばらく買い手がつきませんでしたが、突如、日本のとしまえんが購入するという話が持ち上がり、契約はとんとん拍子に進んでいきました。

1969年4月27日、ジャパンラインの高法丸に載ったカルーセルエルドラドの巨大コンテナが横浜港に到着します。3ヶ月後の7月にとしまえんでお披露目の予定でしたが、調査の結果、幾つもの問題点が発覚、予定は大幅に狂うことになるのです。

約2年間に及ぶ技術者たちの努力により、カルーセルエルドラドは見事に復元され、新たな命を吹き込まれました。

1971年4月3日、としまえんで一般公開がはじまります。当時のテレビや新聞は、ドイツ生まれでアメリカ育ちのカルーセルエルドラドのことを大きく取り上げます。乗ってみたいという人々がとしまえんに殺到し、回転木馬はちょっとしたブームになりました。

その後、としまえんが閉園になる2020年まで、カルーセルエルドラドは、としまえんのシンボルとして、そして宝物として、大切に管理され受け継がれていったのです。
2007年、カルーセルエルドラドは、生誕100周年を迎えました。2010年には、機械仕掛けの芸術的乗物として、日本機械学会より「機械遺産第38号」に認定されました。

※この記事と写真の無断転用を禁じます。(C)KAZUTOSHI YOSHIMURA

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