第7回 テーマ「セメント」

最も歴史あるセメント工場から作品を生み出す

 テーマ探しには旅が最適です。私は講演で地方へ行くときでも、常に感性を研ぎ澄ませ、何かテーマになるものはないだろうか……と探しています。新しいテーマと出会うため、積極的に講演の仕事を受けているといっても過言ではありません。

 ある年の冬、北海道北斗市商工会から講演の依頼がありました。北斗の四季フォトコトンテストの受賞式で「写真の楽しさ」を語ってほしいとのこと。北海道からの講演依頼は初めてだったし、道南はいつか行ってみたいと考えていたので、私はすぐにOKの返事を出しました。

 3月下旬、北斗市のエイド03という文化施設で、「世界の美しい風景を求めて」という講演会が開催されました。集まったのは30人ほどでしたが、写真好きな方が多かったので、講演後の質疑応答は大いに盛り上がりました。

 終了後、北斗市役所のMさんが、北海道新幹線の新駅建設予定地やトラピスト修道院などを車で案内してくれることになりました。

 海沿いの国道を走っていたときです。湾に向かって伸びる鉄橋のような建造物が目にとまりました。私はMさんに尋ねてみます。
「あれは何ですか?」
「セメント用の桟橋です。中にベルトコンベアがあり、セメントを桟橋の先端にある船着場まで運んでいるのです」

 船着場には2隻の大型船が係留されていました。そして陸地側、つまり桟橋がはじまる側に視線を投げたとき、私は思わず「おおっ」と驚きの声を発します。そこには、巨大なセメント工場があったからです。

函館山を望む静かな湾に延びる全長2キロの出荷桟橋。沖合には何隻ものセメント船が待機していた。

 灰色のセメントサイロがまるで集合住宅のように建ち並び、中央には鉄骨で組まれた巨大な2つのタワーが聳え建っていました。中には太いダクトや配管が見え隠れしています。南側には背の高い煙突が何本も立っていました。

「とても迫力がある工場ですね。こんなにも不思議な形をした建造物の集合体を目にするのは初めてです」
「街の住民は桟橋や工場を見慣れているので全く新鮮味はありませんが、よそから来た人たちは皆さん驚きますね」
 私は尚もしつこく質問してみました。
「一体このセメント工場の中はどうなっているんですか?」
 するとMさんは、
「工場見学会の時に入ったことがありますが、超大型のキルンが熱と音を発しながら回転しているので、まるでSFの世界を彷徨っているかのようでした」

100年以上の歴史がある太平洋セメント上磯工場。石灰石採掘からセメント出荷まで効率的な生産体制が敷かれ、年間300万トン以上ものセメントを、首都圏をはじめ全世界に向けて出荷している。

 東京に戻ってからも、北斗市で目にしたセメント工場の姿が頭から離れませんでした。同時に、セメント工場をテーマにしたいという思いがどんどんと膨らんでいったのです。

 私は勇気を出してセメント工場にコンタクトしてみることにしました。先日行われた商工会主催の写真コンテストでは、太平洋セメント株式会社も後援で名を連ねており、当日、総務の部長さんもお越しになっていたのです。

 セメント工場をテーマに作品を生み出したいという想いを手紙にしたため、今まで出版した何冊かの写真集とともに、太平洋セメント株式会社上磯工場に送りました。

 数日後、返事が来ました。取材に全面協力できるとのこと。私はすぐに航空券を買って北斗市へと飛び、今後の取材の打ち合わせと、簡単なロケハンを行ったのです。

 その年の夏、車に撮影機材一式を積み込み、約2週間の予定で北斗市に入りました。安全教育を受けたのち、いよいよ作品作りのための撮影に入ります。総務のSさんがつきっきりで案内してくれることになりました。

 セメントの主原料となるのは石灰石です。鉱山では、毎日決められた時間に、爆薬での発破による石灰石の採掘が行われていました。大音響と共に岩が崩れるシーン、塊となった石灰石がホイールローダ、ダンプトラックによって縦穴に投入されるシーン、石灰石が大型の機械で破砕されるシーンなどを、4×5の大型カメラで捉えていきます。

ホイールローダー

 工場に移動すると、まずは巨大な縦型ミルの姿に驚かされました。鉱山から運ばれてきた石灰石、粘土、けい石、鉄原料は、この縦型ミルによって乾燥、粉砕、分級が行われているとのこと。

 セメント工場の象徴ともいえる巨大な鉄骨のタワーには、原料を余熱する熱交換器が縦方向に連結され、組み込まれていました。それぞれの機械やダクトの迫力もさることながら、このタワーの最上階から眺める歴史ある工場の全景は素晴らしく、シャッターを押す手が震えたことを思い出します。

 そして何と言っても目を見張ったのは、工場内に鎮座する直径6メートル、長さ100メートルもある円筒形のロータリーキルンでした。余熱された原料がこの中に投入され、高温で焼かれながら徐々に移動することでセメントの元のなる化合物が生み出されていくのです。

 ロータリーキルンを出た化合物は、冷却機によって急速に冷やされてクリンカと呼ばれる黒い塊になり、最後に仕上げ粉砕機によって粉砕し、石膏を加えることでセメントになります。粉砕機表面にある巨大なネジ、粉砕時に使われる鋼鉄のボールも、私にとっては立派なアートでした。

キルン(燃成炉)
セメント粉砕機

 第一回目の撮影が終わったとき、すでに私の頭の中に写真集の構成が出来上がっていました。自然界にある石灰石が、工場でセメントに生まれ変わり、そしてトラックと船で国内各地、世界各国へ出荷されていく。その一連の流れを1枚1枚の作品で見せていく本にしたいと考えたのです。

 また、写真集を作るにあたり一つの拘りがありました。

 当時は、いわゆる「工場萌え」がブームになっていました。臨海工業地帯の美しい夕景、夜景の姿に多くの人が心ときめかせ、重化学工場などの景観に注目が集まるようになっていたのです。書店にはあれやこれやという間に「工場夜景」「工場案内」「工場夜景の撮り方」のような本がずらりと並び、どの本も大変よく売れていました。

 セメント工場の美しい部分だけを切り取り写真集を制作することは、販売の面からすれば大切なことでしょう。ただ私は、どうしてもこのブーム(流行)に乗るのが嫌でした。

 巨大工場で働く人たちは常に危険と隣合わせで仕事をしています。時に事故で大怪我をしたり、命を落とすこともあるでしょう。また、機械一つを取ってみても、その管理、メンテナンスは相当な時間と労力を必要とします。つまり、現場の外観だけを写真に撮り、紙媒体を通して、一般の人に「工場=夢のような場所」というイメージを植え付けてしまうのは、工場で働いている人たちに随分と失礼な気がしたのです。各旅行会社がこぞって作っていた「工場夜景ボートツアー」に関しても、あまり好きにはなれませんでした。

 そこで私は、セメント工場というテーマを、あえて大型ハードカバーの写真集にすることを思いつきました。作品セレクトも、夕景や夜景などの美しい作品は出来るだけ避け、鉱山、工場、桟橋で目にした機械類をしっかりと紹介する本にしたかったのです。タイトルに関しても、多くの日本人の心を擽るような流行語は避け、「セメント」というシンプルなタイトルにしました。出版社ノストロ・ボスコの社長はそんな私の拘りを理解してくれました。

 2010年12月、写真集『CEMENT』が出版されました。

 当然のことのように、著者の強い拘りと想い入れがある大型の写真集は、一般の人からは見向きもされず、業界関係者にしか受けませんでした。あきらかに売れないとわかっている写真集をわざわざ注文してくる書店もありません。結局、数十冊のオーダーをしてきたのは池袋ジュンク堂書店だけでした。

写真集『セメント』(ノストロ・ボスコ刊  3800円+税)。出版社が出版事業を終えたため絶版となったが、現在、池袋ジュンク堂書店で入手できる。

 セメントは、普段、私たちの暮らしには欠かせないものです。特に大都市では、空を突き刺すような超高層ビル、動脈のように延々と連なるハイウェイをはじめ、ありとあらゆる建造物にふんだんに使われています。そのセメントが、どこから来て、どのように生み出されているかを知っただけでも、このプロジェクトを成し遂げてよかったと思っています。

【次回に続く】

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