水平垂直が出た美しい構図
風景、建築、インテリア、料理などのジャンルで、水平垂直が出た究極に美しい構図の作品を見たことがあると思います。実はそれらの作品は、特殊なカメラとレンズによって生み出されているのです。
目の前にビルやマンションが建ち並んでいるとします。その景観を眺めながら絵を描いてみてください。おそらく多くの人は建物を直方体で描くことでしょう。では写真を撮ったらどうなるでしょうか。どの建物も直方体にはならず、先端部分が先すぼまりになった状態で写ります。
このように、人の視覚とカメラのレンズを通して見る視覚とでは大きく異なってくるのです。写真の構図を難しくしているのは、実はこのような「見た目通りに撮ることができない」ことにも原因が隠されています。
黎明期のカメラは、見た目で撮ることが可能でした。レンズ面とフィルム面がそれぞれ独立して動くアオリと呼ばれる機構があったので、特に高い建物を撮るときなど、先すぼまりになる現象を補正して作品にすることができたのです。今の時代でも、一部のプロが作品制作で使っている、4×5(シノゴ)や8×10(エイトバンテン)大型ビューカメラがそれにあたります。
では実際に、アオリ機構があるカメラで、目の前に建つ10階建てのビルを撮ってみましょう。
最初に、ビルの壁面とカメラのレンズ面が平行になるようにカメラを三脚に固定します。この状態では、ビルとカメラの高さが違うため、ビルの下部しか撮ることができません。次にレンズ面だけを上に平行移動(フロントライズ)させます。するとビルの全体像が写り込むようになりました。
それでもビルの上部が切れてしまう場合、カメラを少し上向きにし、レンズ面とフィルム面の両方をビルと平行になるように調整します。先程よりも、ビルの高い箇所を撮ることができるようになりました。
テーブルの上に置かれた牛乳パックを撮るときはこれとは逆のパターンです。カメラ全体を下に傾けると牛乳パックの下部は先すぼまりになってしまいますが、カメラを牛乳パックと平行になるように三脚に固定し、レンズ面を下に平行移動(フロントフォール)させることによって、牛乳パックを美しく撮ることができるのです。
アオリ機能が搭載されている大型ビューカメラは、上下の平行移動だけではありません。レンズ面とフィルム面をあらゆる方向に動かすことが可能です。
前後の角度調整(チルト)は、広大な風景の手前から奥までピントを合わせる、いわゆるパンフォーカスの作品を撮るときに使います。風景にカメラを向けたら、レンズ面とフィルム面の角度を調整し、被写体のピントを合わせたいラインと交わる部分に、レンズ面とフィルム面から伸びる軸を合わせます。すると、それほど絞り込まなくてもパンフォーカスの作品を生み出すことが可能になるのです。これはシャインフリュークの法則と言われています。
特殊なレンズで撮影する
では現代のカメラはどうでしょうか。残念ながらレンズ面とフィルム面(イメージセンサー面)は固定式になっているため、アオリ機構を使うことができません。ビルやマンションを撮るときはカメラを上に、牛乳パックを撮るときはカメラを下に傾けることになるため、生み出される作品は先すぼまりになってしまうのです。
汎用性から考えると、昔のカメラの方が何倍も優れていました。現代のカメラは、頭脳ばかりが進化し、体が退化してしまったと言えるのかもしれません。どこか人間の進化に似ています。
フィルム時代、風景、建築、インテリア、料理、ジュエリーをテーマにしている写真家たちは、このアオリ機構が搭載された大型ビューカメラを使って仕事をし、作品生み出していました。フィルムの衰退とともにメイン機材は35mmや中判のデジタルカメラに切り替わっていくのですが、多くの写真家たちが残念に思っていたのが、アオリ機構が使えなくなることでした。
しかし、キヤノンとニコンが解決策を出しました。何とアオリ機構を搭載したレンズをラインナップに加えてきたのです。背面は固定式となっているためアオリは使えませんが、レンズ面のアオリが使えるようになっただけでも大きな進展でした。
30代の頃、私はこのアオリ機構が搭載されたレンズ(キヤノンの場合はTSレンズと呼んでいる)が欲しくなり、思い切って24mmレンズを1本購入しました。建物の外観、インテリア、料理、そして風景と多くの撮影現場でこのレンズを使い、次々と水平垂直が出た究極に美しい構図の作品を生み出していったのです。「吉村さんの写真は何かが違う」と、事情を知らない編集者さんによく言われたものです。
この特殊なレンズは、長らくキヤノンとニコンだけでしたが、2023年に富士フイルムがアオリ機構を搭載した広角レンズをGマウントのラインナップに加えるようです。おそらく多くの写真家たちからこのレンズを望む声が寄せられたのでしょう。(※サムヤンにも24mmレンズがあります)
写真家たちから絶大な支持を得ているアオリ機構のレンズですが、以前ほどは売れていないのかもしれません。なぜなら、作品の水平垂直や歪みの補正は、フォトショップなどのソフトを使えば簡単にできるようになってきたからです。
しかし、何でもデジタルで加工すればいいという考えは危険です。フォトショップの補正は、画像データを目伸ばしているだけなので、当然絵柄の他の部分に無理がかかります。やはり作品というものはしっかりとした元データを生み出すのが基本です。その元データに、スパイスを効かせるような感覚でレタッチを行っていくのがベストでしょう。
特殊レンズをすべての撮影で使うことはない
このアオリ機構が搭載されたレンズを使うことによって、建物の水平垂直が出た究極に美しい構図の作品を生み出すことが可能になります。しかし私自身、すべての撮影でこのレンズを使っているわけではりません。「ヨーロッパの最も美しい村」の取材は7〜8割の被写体が建造物になりますが、実は通常のレンズで撮影を行っているのです。
通常のレンズだと、家屋や教会の上部が先すぼまりになってしまいます。しかしその表現が「味」になることもあるのです。先すぼまりは建物の大きさを感じる効果ももたらしてくれるし、何より多少不安定な構図の方が、旅をしているという臨場感のようなものも芽生えてきます。
もちろん撮影時は、かなり神経を使って先すぼまりの度合いを決めています。建物の斜めのラインは、左右均等になると安定感が生まれるので、あえてそう見える位置まで移動し、シャッターを切っているのです。
また、平屋の建物、窓やドアを撮影するときは、可能な限り柱や枠が垂直になるようにカメラの位置を調整します。三脚を最大限まで伸ばせば、高さ4〜5メートルでも水平垂直が出た美しい構図の作品を生み出すことが可能です。
私は今、山梨県と長野県にある「ハッピードリンクショップ」という自動販売機1200店舗を撮影するプロジェクトを行っています。最終的には作品集にして、この自動販売機という日本特有の文化を全世界に発信していきたいという壮大な夢があります。
撮影は、通常の広角や望遠レンズで行っています。自動販売機の高さは約1.8メートル。三脚にカメラを固定すれば、自動販売機を水平垂直が出た形で作品化できるのです。1200枚の統一感を全面に押し出すことにより、究極に美しい作品集を作ってみようと考えています。
【次号へ続く】