【連載・写真のひみつ】第26回 曇り

写真撮影は曇りがベスト
写真撮影は、「曇りの日」がベストと言われています。私は旅先のホテルに滞在しているとき、朝起きて曇り空を目にすると、小さく「ラッキー」と声を発し、ウキウキしながら撮影に出掛けます。もちろん曇りの日は、晴れの日のような派手な写真を撮ることは出来ません。しかし、「作品」を生み出せる確率は、晴れよりも高くなってくるのです。

曇りの日は、太陽光、つまり強く眩しい光がないので、地上にあるすべてのもがしっとりと落ち着いて見えます。郊外にポツンと建っている一軒家を例に取ってみましょう。晴れの日は、太陽に照らされた部分は明るく、影になった部分は暗くなっています。肉眼で見ると、ハイライト部もシャドー部もはっきりとディティールがわかるのですが、写真になると、そのどちらかが犠牲になってしまうのです。端的に言うと、ハイライト部に露出を合わせるとシャドー部が潰れ、シャドー部に露出を合わせるとハイライト部が飛んでしまいます。

デジタルカメラのイメージセンサーが捉えることが可能な光の範囲は、ダイナミックレンジという数値で表されます。ハイライト部とシャドー部の幅が広がってきているとは言え、まだまだ肉眼と同じような幅広い領域を持っているわけではありません。

ハイライト部とシャドー部のディティールをどちらもはっきりと出すには、双方の露出で撮影した複数枚の写真を合成したり、フィルターを使って部分的に光の強弱を調整したり、フォトショップなどのソフトで手を加えたり、ラチチュードの広いネガフィルムを使うなどの方法があります。(それぞれのテクニックは後章で詳しく語ります)

曇りの日はコントラストが弱まるので、建物の形がはっきりとわかる。地上にあるカラフルな色彩もストレートに目に飛び込んでくる。

曇りの日は、地上に降り注いでいる光が柔らかく均一になっているので、ハイライト部やシャドー部の光の差に神経を尖らせる必要はありません。

多くのプロ写真家が、露出が安定する「曇り」が好きだと言います。建築写真家はあえて曇りを選んで撮影をしていますし、車やバイクを撮る広告写真家も、ボディの質感を強調するために太陽光がない日にシャッターを切っています。

私は20代の頃、インテリア雑誌からの依頼で、海外の公園や個人宅にあるフラワーガーデンを撮影する仕事を行っていました。よく晴れた日に撮影を行うと、光の当たる部分と影になる部分が極端に強調され、生み出される作品にまったく美しさを感じませんでした。逆に曇りの日だと、花が持つ本来の色彩の美しさが引き出され、雑誌の見開きに使えるような目を引くガーデン作品が誕生したのです。実は、撮影を続けていく過程で、「うす曇り」の日がベストであることにも気づきました。曇りの日、天から射し込むほんのりとした淡い光が、花たちの立体感を際立たせてくれたのです。

秋になると決まってカナダへ足を運び、紅葉の撮影を行ってきました。サトウカエデの葉が色鮮やかに染まるローレンシャン高原、雄大なツンドラが真っ赤に色づくユーコン準州など、昼夜の気温差がある北国では、見事な紅葉と出会うことができるのです。モントリオールやケベックシティなど、街中の紅葉も負けてはいません。すべての街路樹が原色に染まり、シックな石畳の道を明るくしてくれます。

各地で幾重もの紅葉の表情を見てきた私は、あることに気づきました。それは、晴れの日の紅葉より、曇りの日の紅葉の方が美しく、色鮮やかに感じることを。快晴の日、色づいた木々の葉をよく見ると、所々に白い光の反射があり、シャドー部は黒く潰れていることがわかります。また空には「青さ」があるので、「美しい」という意識は、紅葉とは関係のない色に導かれてしまうのです。

では曇りの日はどうでしょうか。余計な光がないので、本来樹木が持つ赤、黄、オレンジの色彩が、ストレートに目に飛び込んできます。白い曇り空に目が奪われることもありません。日本でも、神社やお寺の境内にある色づいたイチョウの木を見たことがあるでしょう。曇りの日に目にするイチョウは、まるでそこに黄色いペンキを落とし込んだような色鮮やかさを放っています。

曇りの日に見たサトウカエデは、とても色鮮やかだった。思い切って白い空をカットし、シャッターを切る。

毎年夏になると、首都圏のJRの駅や新幹線のホームには、京都の秋を宣伝するポスターが貼られます。行き交う人々は、お寺の境内にある真っ赤に色づくモミジの写真を見て、「綺麗だな〜、行ってみたいな〜」と感じることでしょう。

実はそのポスター、よく見ると、「曇りの日」に生み出された作品が多いことに気づきます。大企業の広告は、数年前から準備を行い、億単位のお金が動いています。写真家は、その「1点」を生み出すために、2〜3週間現地に滞在することもあります。ではなぜ、アートディレクターは、晴れた日の作品ではなく、曇りや雨の作品を選んだのでしょうか。それは、曇りが紅葉の色彩を際立たせることを知っているからです。

逆に、旅行代理店や私鉄の駅には、どこかの写真ライブラリーから格安で借りてきた晴れの日に撮影された紅葉の写真を使った観光ポスターが貼られています。「ザ・観光写真」になっているため、見た瞬間「綺麗だな」と思う人がいても、その写真から、旅情を掻き立てられるようなことはないのです。

曇りの日の撮影方法
曇りの日の写真撮影は実に簡単です。風景、花、動物、建築物、料理、乗物、ポートレートなど全てのジャンルで、カメラの設定は「オート」で大丈夫です。晴れの日のように、露出を0.3ステップでハイライト側やシャドー側にふったり、PLフィルターを使って光の反射を除去したり、NDフィルターによって強い光を絞ったりする必要はありません。また、生み出された写真を、フォトショップでレタッチする手間も省けます。曇りの日の作品をヘンにいじってしまうと、いかにも「頑張って作りました」という感じのデジタルっぽい作品になってしまいます。近年、曇りの写真であるのに極端に彩度を強めたり、雲のモコモコした感じを強調したりする作品が流行っていますが、それらは肉眼では見ることができない世界なので、作品として違和感ばかりを感じてしまいます。

撮影時、一つだけ注意しなければいけないことがあります。それは空の扱い方です。曇りの日、形がわかる雲が浮かんでいることは稀で、だいたいが薄らとした白い雲が上空に広がっているだけです。写真を撮るとき、画面の中に大きく空を入れてしまうと、その部分だけ白く抜け、随分と不安定な写真になってしまいます。よって曇りの日は、可能な限り、空の部分をカットする構図にしてください。もしくは空を全く入れずに、地上にある対象物だけに絞ってもいいのです。自然写真で、樹木の側面だけを切り取った構図の写真がありますが、風景写真家は、あえて白い空をカットした結果、そうなったのです。

また曇りの日は、照度が落ちてくる夕方の撮影は避けた方がいいでしょう。晴れた日は、たとえ辺りが暗くなったとしても、夕陽の鮮やかな色彩があるので、目を引く作品を生み出すことが可能です。しかし曇りの日は、単に辺りが暗くなっていくだけです。被写体からコントラストが失われるので、特に風景の場合は、夕方撮影するとのっぺりとした作品になります。それを味にする写真家もいますが、私は曇りの日、早々に撮影を切り上げ、宿に戻ります。

曇りの日は、紅葉がとても色鮮やかに見える。白い空の部分を可能な限り切り詰めて撮影するといい。

【次号に続く】

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