【連載・写真のひみつ】第13回 どのカメラを買うか

所有する喜び、撮る喜びを感じるカメラを
写真家本人が写真展の会場にいると、皆さんからたくさんの質問を受けます。海外であればおそらく「この一枚に込められた思いは?」「あえてこの時間帯にシャッターを切った理由は?」「お爺さんとの交流秘話は?」というように、作品に関する質問が飛び出してくるでしょう。

しかし日本の写真展で最も多く受ける質問は、撮影機材に関することです。「これどの社のカメラで撮ったの?」「あのズームレンズは写りがいい?」「三脚はどのメーカー?」といったように。作品を楽しみに写真展に来たというよりも、カメラで生み出された「作例」を確認しに来たという感じです。

アートよりの個展を開催しても、撮影機材についての質問ばかり。私はどうしてもそれが苦手だったので、ある年から、写真展の会場では機材名や撮影データを出さないようにしました。作品集でも、以前は最後の方のページにカメラ名、レンズ名、シャッタースピードや絞りなどの数値を詳しく明記していたのですが、今ではカメラ名すら書かないようにしています。作品はあくまで作品として観て、感じてもらいたいからです。作品集は技巧の本ではないし、カメラメーカーの宣伝のために作っているわけではありません。

それはさておき、写真展の会場で撮影機材に関する質問を受ける度に、多くの人がカメラやレンズ選びで迷っていることがわかりました。

私自身、カメラ選びは車選びと同じだと考えています。愛車を決めるとき、まずは気になるメーカーのディーラーに行って、展示車を見たり、カタログを読んだり、試乗したり、営業マンのアドバイスを聞いたりして、徐々に一台が絞り込まれていくでしょう。

ちなみに、走行距離が多い私は、車を2回目の車検の前、つまり5年で乗り換えるようにしています。毎回3年を過ぎたあたりから、次の相棒は何にしようかと検討をはじめるのです。

海外取材のとき、まずは現地の空港でレンタカーを借り、それを足として各地を巡っています。年に4回として、この30年間で100台以上の車を運転してきました。ご存じのように、ヨーロッパはマニュアルトランスミッション(マニュアル)車の方が人気です。オートマチックトランスミッション(オートマ)車も確かに増えてはいますが、まだ多くの人が「あれは車じゃない。遊園地のゴーカートだ」と考えています。

確かにマニュアル車の方が、メリハリが効いた運転ができる。欧州の道は実に変化に富んでいます。速度無制限の高速道路、迷路のような街中の一般道、石畳が敷かれた村の道、ヘアピンカーブやアップダウンが続く険しい山道……。車を運転する度に、やはりヨーロッパはマニュアル車でないとダメだな、と感じています。そして毎回マニュアル車の運転を楽しんでいたら、すっかりマニュアル好きになってしまいました。

6×4.5フィルムカメラ 75mmF2.8 (撮影地・ドイツ)

私は、次に乗る車は絶対にマニュアル車、と決めました。でもこの日本で、マニュアル車は絶滅危惧種です。そこで、ほぼ全車種にマニュアルの設定があるマツダを選びました。この国ではマニュアルは売れないとわかっていながらあえて出してくるところに、マツダの物作りに対する拘りと信念を感じ取ったからです。加えて、洗練されたデザイン、真っ赤なボディカラーにも惹かれました。

選んだ車はCX-5です。マツダ車に乗るのは生まれて初めてでしたが、路面に吸いつくような走行安定性、ディーゼルのトルクある走り、目を見張る燃費のよさ、その全てに驚愕しました。案の定、6MTでの運転は楽しくて仕方ありません。私の思いと車の動きを一致させながら走れるので、いつもの一般道や高速道の風景が輝いて見えてくるのです。不思議と高速道ではマニュアルの方が疲れませんでした。

ハンドルを握る度に思いました。「どんなに時代が変わろうとも、ヨーロッパの人たちこれから先もずっとマニュアル車を選ぶんだろうな……」と。

日本車がつまらなくなった、売れなくなった原因は、メーカーの責任でもあると思います。多くの若者がトヨタ・ソアラ2.0GTツインターボに憧れていた1980年代、日本車の全車種にマニュアル設定がありました。しかしニーズが少ないという理由だけで、マニュアルは次々と廃止になっていくのです。そしてミニバンや軽自動車全盛期となった今、車のCMは家族を描いたほのぼのしたものばかり。私はそんなCMを見ながら、「運転する喜びや楽しさとは何か」を喚起させるCMを流した方がもっと車は売れるのにな、と考えたりもしています。少なくとも、マニュアル免許を保持している50代以上のドライバー(昔はAT車限定の免許がなかった)の心には、ポッと火が灯ることでしょう。ブレーキとアクセルの踏み間違いによる高齢者の事故も少なくなります。

APS-Cカメラ 300mmF4 (撮影地・ノルウェー)

そう、カメラも車選びと同じです。世の中に溢れている様々な情報、第三者の意見などを参考にしながら、自分が本当にいいと思うメーカー、カメラを選んでみてください。自分が決めた機材なら、所有する喜び、撮る喜びを感じることでしょう。日本のカメラメーカーが生み出すカメラはすべてが優秀です。どれを選んでも大きなハズレはありません。

カメラを選ぶとき、プロ写真家の意見はあくまで参考程度に聞いてください。なぜなら、プロはカメラメーカーとの繋がりがあるため、特定のカメラやレンズの良さしか伝えることができないからです。

プロの中には、あえてメーカーとの関係を薄くし、本当にいいと思う機材を自腹で購入し、カメラ雑誌やWEBマガジンなどでレビュー記事を書き、作品を生み出している人もいます。当然ですが、そのようなプロの意見はとても参考になります。私も機材やレンズ選びで迷ったら、その方に「あのレンズを買おうと思っているんだけど、どう?」とメールし、アドバイスをもらっています。

では私はどうかと言うと、カメラメーカー1社と契約し、収入の安定化を図り写真活動を継続していく、という憧れはありましたが、結果としてそれができませんでした。「作品」のことを中心に考えていくと、この被写体はA社のシフトレンズを使わないとだめだとか、B社のラージフォーマットのカメラで撮りたいとか、理想とする作品を生み出すためには、どうしてもメーカーを跨ぐ必要があったからです。そして当然のことのように、A社よりB社のレンズの方が高い解像感を得られると知れば、B社のレンズを使って作品を生み出しました。

カメラメーカーにしてみれば、得手勝手な行動をする私のような写真家は、実に扱いにくかったと思います。こんな写真家であるにも関わらず仕事を与えてくれる何社かのカメラメーカーには、心の底から感謝しているのです。そして写真家として育ててもらったことにも感謝しつつ、与えられる仕事は精一杯やるようにしています。

カメラメーカーと写真家との蜜月は、おそらく日本特有のものでしょう。私はこれが悪いことだとは思っていません。少なくともカメラメーカーから与えられる仕事によって、プロとしての活動を維持していけるし、企業のバックアップによって大きなプロジェクトを遂行でき、最終的には写真展、写真集へと繋げていけるからです。あわよくば年間数千万円で契約できたとすれば、毎回取材費の捻出に頭を悩ませることなく、好きな場所に行き、思う存分写真が撮ることができるでしょう。

そして海外のプロたちは、日本のトップフォトグラファーが置かれたそんな状況を、「羨ましい」と言っています。モントリオールで3日間撮影を共にした写真家のラローズ氏は、何をするにもまずはITや食品など業績のいい企業を訪れ、スポンサー依頼からはじめているとのことでした。結果、その時の営業が、会社案内やWEBページ用の写真を撮る仕事に結びついていくので、毎日忙しく仕方ないよ、と笑っていました。撮影途中、数社のデジカメやドローンを巧みに操る彼の姿を見ていたら、自分がいかに小さな世界で生きていたかがわかりました。

中判サイズカメラ 28〜45mmF4.5 (撮影地・アイスランド)

まずはカメラ雑誌から
カメラ選びをする時に意外と参考になるのがカメラ雑誌です。カメラ雑誌は企業広告で成り立っていますが、編集者たちは編集人としてのプライドがあるので、広告主のことはあまり気にすることなく、全身全霊を傾けてページを作成しています。

例えば新しいレンズが出ると、テクニカルに強い写真家がテストチャートを使い、解像力、コントラスト、色収差、歪み、周辺光量落ちなどを検証します。レンズの性能が一目でわかるMTF曲線(線がグラフの上の方にあれば、高コントラストでシャープなレンズ)というのがありますが、他のメーカーのライバルレンズと並べてグラフを掲載するのは、カメラ雑誌でないとできないでしょう。メーカーにしてみれば、冷や汗もんだと思います。

わりと参考になるのは、カメラメーカーと編集部、写真家がタックを組んで作り出すタイアップ記事です。タイアップと言えどもカメラ会社がページを買い取る広告なので、基本、いいことしか書かれていません。しかし、それがいいのです。本当にためになる情報とは、ネガティブではなくポジティブの情報です。加えて、写真家たちが生み出した「作例」は、良くも悪くも真実を伝えています。シャドー部分がよく解像しているとか、レンズ周辺部の描写が甘いとか、写真を見ればすぐにわかります。

また、カメラ雑誌は、毎号様々な特集が組まれ、新製品紹介、撮影テクニック、写真展や撮影地情報、フォトコンテストなど、内容がてんこ盛りです。これからカメラを買って写真をはじめてみようとする人たちに、刺激とインスピレーションを与えてくれるでしょう。

私は35年前の高校時代、カメラ雑誌『CAPA』と『カメラマン』を毎月欠かさず買っていました。20日の発売日には、学校の昼休みに自転車を走らせ、国道沿いにある書店まで買いに行ったほどです。そして2誌は、隅から隅まで読みました。

セミナーがあると知れば、積極的に参加しました。高校3年のとき、雑誌『CAPA』とオリンパス主催の北海道セミナーに当選しました。参加者はバスで道東を巡り、大自然にカメラを向けていきます。カメラやレンズは借り放題、夢のまた夢のレンズ、350mmF2.8で写真を撮ったときの興奮と感動はいまでも忘れません。夜は、旅館で写真家綿引幸造氏のスライド上映会がありました。先生が生み出す北国の大自然をとらえた美しい作品世界は、今でも脳裏に焼き付いています。

カメラ情報誌『CAPA』1985年9月号 58ページより 北海道ネイチャーフォトセミナーの様子

長野県の田舎で暮らす平凡な高校生が、セミナーを通して多くのことを学び、カメラや写真に引き込まれていきました。もしかしたら、写真家吉村和敏の原点は、高校生の頃に食い入るように読んでいたカメラ雑誌にあるのかもしれません。

カメラ選びで迷っている方は、まずはカメラ雑誌を購入することからはじめてみてください。「CAPA」「デジタルカメラマガジン」「フォトテクニックデジタル」「日本カメラ」「PHaT PHOTO」「フォトコンテスト」「フォトコンライフ」「風景写真」など、必ず何か得るものがあるはずです。そして、編集部が企画するセミナーには積極的に参加すること。大切な何かを得ることができるでしょう。

意外と参考になるネットの情報
10年ほど前から、紙媒体はネットのデジタルメディアに移行しようとしています。特に車の世界の変わり様は凄まじく、今、自動車評論家たちの多くはYouTubeチャンネルを持ち、新車の試乗レポート動画を流しています。

そして写真の世界も、ハイアマチュアと呼ばれる人たちが、自身のブログ、またはYouTubeチャンネルで、機材の紹介、使用方法、評価を行うようになってきました。カメラやレンズの初期不良や不具合の報告も、発売日の数週間後には掲示板などに、メーカーが発表するより前にあがってきます。

カメラ選びでは、YouTubeの動画も参考になるでしょう。チャンネル登録が10万人を越えているようなトップユーチューバーたちは、十分な資金があるので、新製品が出ると直ぐに購入し、評価を下します。プロの私たちでもなかなか買うことができない30万、50万もするカメラやレンズを、まるでお菓子を買うような感覚でポチっと手に入れ、2〜3日でレビュー動画を上げてくるのです。当然ですが、彼らにはメーカーとの繋がりはありません。エージェントを通して入ってくる広告案件も時々やっていますが、そんな時はいつもの調子ではなく、ぎこちなさと緊張感があるので観ていて面白いです。

実は多くのプロ写真家たちが、そんなYouTuberたちの機材紹介動画を観て、新しいカメラやレンズを買おうかどうか検討しているのです。「いいな、高額な機材が買えて……」と羨んだりもしています。そう、今の時代は、プロがアマから機材の良し悪しや使い方を教えてもらい、購入するという流れです。20〜30年前と完全に立場が逆転してしまいました。

一つ注意しなければいけないことがあります。ネットの世界はありとあらゆる情報がごちゃ混ぜになっているので、間違った情報もちらほらあります。A社のカメラが嫌いという個人的な感情から、あえて辛口意見ばかりを語る動画があったりもします。どの情報が正しいか、観る側の判断能力が要求されます。その点、紙の雑誌は、編集者というフィルターが入るので、情報は信頼できます。

私は、YouTubeの世界も、やはりユーチューバーの人間性ではないかと思っています。顔出しや声出しで活躍している人たちの動画を見ていると、「この人はいい人だな」「この人は信頼できるな」ということが何となくわかります。そんなYouTuberに出会うと、私はすぐにチャンネル登録を行います。そして、彼らから写真機材に関する多くのことを「学んで」います。

【次号に続く】

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