第3回 たとえば「電柱」をテーマにしたらどうなるか

とことん追い掛ける

 撮影テーマを探すには旅をするのが一番ですが、普段の生活の中でも少し視点を変えるだけで簡単に見つけ出すことができます。

 たとえば「電柱」。自宅から最寄りの駅まで500メートル、徒歩6分の距離だとします。その間に電柱が何本設置されているか、皆さんは意識したことがあるでしょうか。通常電柱は道の両脇に等間隔で立っているので、合計すると30本以上はあると思います。

 しかし不思議なことに、多くの人はその電柱を見ることなく歩いています。生まれてからずっと同じ家で暮らしていても、「今までまったく気にもとめなかった」という人がほとんどでしょう。

 試しに電柱に目を配りながら駅までの道を歩いてみてください。大きな変圧器を持った電柱、少し傾いている電柱、好きな数字の番号札が貼られた電柱、不動産の広告がぶら下がっている電柱、蝉がとまって鳴いている電柱など、1本1本違った表情や物語があることに気づくことでしょう。

 では、そんな電柱の中で、最も気になる1本を選んでみてください。買い物の行き帰りにざっと見て、「いいな」と思う電柱をチョイスすればいいのです。その「ざっと見て決める」という行為が、取材陣がよくやるロケハンになります。

 気になる電柱が決まったら、その前で立ち止まり、まずはカメラを向けて写真を撮ってみましょう。生み出された写真をカメラの背後にある液晶モニターで確認すると、おそらく何の面白みもない電柱の説明写真になっていることに気づくはずです。

 次に、「なぜ自分はその電柱に惹かれたのか」を考えながらシャッターを切ってみてください。巨大な変圧器の形に心が動いたら、それを中心に捉えた構図になるでしょうし、何本もの電線が枝分かれしている部分に面白みを感じたら、その広がりを強調した構図になるでしょう。

 その後、「ただ撮っただけ」の写真と、「惹かれる理由」を考えながら撮った写真とを見比べてみてください。その2枚は明らかな違いがあるはずです。当然、説得力がある方は「惹かれる理由」を考えながら撮った1枚です。

この電柱がいつも気になるのは、変圧器が顔のように見えるから。高圧配電線と低圧配電線がバランスよく配置されている。

 これで終わりではありません。

 今度は、別の時間に電柱まで行ってみましょう。まずは夕暮れ時、太陽が沈む頃にその電柱の前に立ってみます。西の空に沈もうとする夕陽が電柱を真っ赤に染め上げ、「ハッ」とするような美しい姿に生まれ変わっているはずです。横から光が差し込むことで陰影が強調され、電柱に立体感が宿ったことに驚くでしょう。

 その撮影が終わったら、6時間後、つまり夜中に訪れてみます。電柱に設置された外灯の明かりがアスファルトの地面を丸く照らしているでしょう。スポットライトの中をゆっくりと歩く野良猫は、まるで舞台女優のようです。

 翌朝は早起きをして電柱まで行き、やがて顔を出す朝日と一緒に撮影してみましょう。表面に貼られた金属のプレートがキラリと反射するかもしれませんし、電線に何羽もの雀が飛来し、歌声を響かせるかもしれません。

 さらに日を変えてみます。前回撮影したのが晴れの日だとしたら、今度は天気が悪い日を選んでみるのです。冷たい雨に濡れ、どこか寂しげな電柱が目の前にあるはずです。コントラストが弱まり、どんよりした曇り空を背景にすることで、電柱が水墨画のように見えてくるでしょう。

 季節を跨いでみます。秋は紅葉した樹木と重ね合わせた電柱を、冬はうっすらと雪化粧した電柱を撮ることができるかもしれません。

夕陽に照らされ、電柱と電線が存在感を増していた。写真集『LIGHT ON EARTH』で発表したら、「この詩的な作品が一番好きです」と多くの読者から言われた。

 気になった電柱に何度もカメラを向ける。そんな行為を繰り返していると、間違いなく近くの住人から不審者扱いされると思います。勇気のある人は警察に通報する前に、「あなたは一体何をやっているんですか?」と恐る恐る声を掛けてきます。そんなとき、電柱をテーマに写真を撮っていることを出来るだけ丁寧に説明してください。

「ほう、電柱の写真ですか」
「そうです。数ある電柱の中で、この1本に最も時めいたものですから」

 もしかしたらこのやり取りがきっかけでその人と仲良くなれるかもしれません。「寒いので温かいお茶でも飲んでいきますか?」と自宅に誘われたら、心の中で「ラッキー」と叫び、積極的に交流しましょう。

 私自身、旅先での出会いはいつもこんな感じで掴んでいます。お茶だけでなく、食事をご馳走になったこともある。人物写真はもちろんのこと、家のインテリアや料理など、思わぬベストショットが生まれたこともありました。

「キミは一体、何を撮っているんだい?」と声を掛けられたのが出会いのはじまり。室内のクリスマスツリーの作品はほぼすべて、声を掛けてきた住人の家で撮らせてもらった。

作品を発表する

 1年という長きに亘り、さまざまな体験をしながら撮り続けてきた1本の電柱。その間に生み出した写真は数千枚、ベストショットだけでも100枚はあるでしょう。

 写真表現において、この「100」という数字はとても重要です。写真集を作るとき、だいたい100枚を選びます。クライアントにサムネイルを提出するときは、最低でも100枚とよく言われます。カメラ雑誌に口絵を組んでもらうときも、いつも編集者にサムネイルを80〜100枚ほど送っています。つまり100枚の作品があれば、作品発表の場が広がるのです。

 では次に、100カットの中からお気に入りの40カットをセレクトしてみましょう。この「40」という数も重要です。40作品があれば、写真展の開催が可能になるからです。

 せっかくなので写真展を計画してみましょう。会場はどこでも構いません。街中には1週間10万円ほどで借りられるギャラリーが山ほどあるし、カメラメーカーのギャラリーは、実績のないアマチュアでも審査に通れば無料で使うことができます。

 40作品をプリントし、額装し、展示する。晴れて写真展「電柱」を開催する運びとなりました。

 知り合いに案内状を送れば、何人かは来てくれるでしょう。誰もが丁寧に作品を鑑賞し、感想を述べてくれると思います。懐かしい友人と再会でき、思い出話に花が咲くかもしれません。人と人とが繋がる写真展というイベントがこんなにも楽しかったことを実感します。

 しかし、写真展も4〜5日経ってくると、あることに気づくはずです。それは「あまりにも入場者が少ない」こと。

 以前、このギャラリーの前を通った時は常に人だかりがしていたような気がしますが、なぜか自分の写真展には人が入らない。興味がないのだろうか……と不安になってくるはずです。

 理由ははっきりしています。写真展に興味がないのではなく、多くの人は「電柱」というテーマに心が動かされていないのです。

 近くのビルで働く会社員やOLたちは、もっと親しみやすいテーマだと過敏に反応します。たとえば「沖縄、美しい海の物語」だったら、「へー、沖縄の写真展だって。ちょっと入ってみようかな」となるでしょうし、「誰も知らないフランスの絶景」だとしたら、「いつかフランスを旅するのが夢なので、写真展に立ち寄ってみようかな」と考える人がいるでしょう。
 写真展「電柱」の案内板も、おそらく多くの人の目にはとまっているはずです。でも、わざわざ時間を割いてまで立ち寄ってみようとは思わない。

 なぜ「美しい自然風景」は多くの人にすんなりと受け入れられ、「電柱」は多くの人が興味を示さないのでしょうか。

 人は生まれながらにして美しい自然に惹かれる心を持っています。特に都会で暮らしている人たちは、地方に行き花鳥風月に抱かれていると、心も体もリフレッシュすることができる。そんな不思議な力を持った自然を、ストレートに、またはより魅力的に切り取った写真は、多くの人の心を即座に奪います。真実をそのまま写し撮る写真によって、まるでその場にいるような疑似体験をさせてあげることも可能です。

 では「電柱」の写真はどうでしょうか。人はあえて電柱を求めようとはしません。疲れた時は電柱を見て癒やされるという人はまずいないでしょう。

 しかし、「電柱」の写真展をやる価値は十分にあります。どんな写真展でも訪れる人は必ずいます。その方たちは丁寧に作品を鑑賞してくれる。「電柱や電線がこんなにも緻密だったとは」と感動している人、「なぜこの人は電柱なんかテーマにしたのだろうか……」と作品から答えを探ろうとする人、そして中には、電力会社の社員だったご主人を思い出しながら作品を観ているご婦人もいるでしょう。私は以前、北海道北斗市のセメント工場をテーマにした「CEMENT」という写真展を開催しました。その写真展には、「主人がセメント工場で働いていました。このような現場だったのですね。亡くなった主人のことを思い出し、涙が止まりませんでした」というご高齢の方がいました。その方のためにも、写真展を開催してよかったと心の底から思いました。

2015年に「新さっぽろギャラリー」で行った写真展「CEMENT」。マイナーなテーマのため訪れる人は少なかったが、会場に置かれたノートにはびっしり感想が書かれていた。

 一週間の写真展が無事に終わりました。

 仮に写真展の評価を入場者数で判断するとしたら、あまり人が入ることがなかった写真展「電柱」は大失敗ということになるでしょう。終了後、ギャラリーの経営者から結果を教えてもらったとき、がっくりと肩を落としてしまうかもしれません。「前回の写真展〈信州安曇野の花便り〉」は1週間で3000人も入ったんだけどな……」という呟きを耳にしてしまったら、「もう写真展なんか二度とやるものか!」と思うかもしれない。

 でもご安心ください。写真展の評価を決めるのは決して入場者数ではないのです。

価値ある作品に昇格していく

 ではここで、ある実験をしてみましょう。

 まずは「電柱」の作品の中から、何か1枚を選んでみてください。それは必ずしもベストショットでなくて大丈夫です。

 次に、その写真を、半切くらいのサイズにプリントをしてみます。写真展のプリントと同じではなく、ここでは究極に美しいプリントを生み出してみるのです。出来ればプロラボにデータを持ち込み、プロの職人にプリント制作を任せるのがいい。彼らは、ハイライトやシャドーのディティールを出すような緻密なレタッチを行い、出力する紙質にも拘り、作家の要望にとことん応えてくれるでしょう。

 プリント作品が完成したら、次は額装店で、裏打ちし、マットを切ってもらいます。そして額に入れてみましょう。展示会用のアルポリック仕上げではなく、洒落たデザインの額と組み合わせるのがベストです。作品額が完成したら、それを壁に掛け、スポットライトで照らしてみてください。

 するとどうでしょうか。モニターで見ていたごく当たり前の電柱の写真が、プリントし、額装することによって、全く別物に生まれ変わったことに驚くはずです。

 例えばその電柱作品に「絆 2020」とでも洒落た名を付け、都内のアート作品を扱う老舗ギャラリーにポツンと展示してもらったとします。すぐ横には、美しい自然風景を捉えた作品「上野公園の桜」が同じように額装され、展示されています。すると、どういう現象が起こるでしょうか。

 ギャラリーには、評論家、芸術大学の教授、コレクター、プロの写真家など、アートに精通した人たちが訪れます、その人たちは、どちらの作品を評価すると思いますか。おそらくほぼ全員が、電柱の「絆 2020」を選ぶことでしょう。「上野公園の桜」を評価する人はまずいないと思います。

 中には作品「絆 2020」を購入する人がいるかもしれない。30万という値段が付いていたとしても、欲しい人は財布の紐を解きます。ギャラリーで瞬く間に売れてしまった電柱の写真は話題となり、この作者の他の作品も知りたいという人が現れるかもしれない。

 そう、写真の世界は、たとえ万人受けしないマイナーなテーマの作品であっても、価値ある作品へと昇格する力を十分に秘めているのです。逆に、多くの写真愛好家がテーマにする「美しい自然風景」の作品は、あまりにも当たり前過ぎて、アートとしての価値、評価は得られにくいものです。

写真は額装することで新たな「作品」に生まれ変わる。そのことを知ってから、時間を掛けて額選びをするようになった。

テーマは無限大

 最初に撮影テーマを決めるとき、誰もが「こんなテーマで大丈夫だろうか……」と不安になることでしょう。

 どんな奇抜なテーマでも、まずは撮りはじめてみてください。10枚、20枚と作品が溜まっていくと、曖昧模糊としていたテーマが明確となり、撮影している自分にも自信がついてきます。その自信をバネに写真展を行えば、お客さんから辛辣な意見を浴びせられたり、入場者数が少なくても、全く気にならなくなる。

 今回は「電柱」という身近な被写体を例に取ってお話しましたが、もちろんこれはすべてのジャンルについて言えることです。

 例えば有名な観光地に写真を撮りに行くとします。そこには日本三大瀑布に選ばれている美しい滝があります。

 ごく普通の撮影旅行だったら、滝の写真を撮って終わってしまうでしょう。しかしその場で少しだけ視点を変えてみるのです。駐車場から滝へと続く遊歩道には、案内板、ベンチ、土産物店、自動販売機、コイン式双眼鏡、トイレ、ごみ箱など、たくさんの対象物があります。

 滝を眺めることができる展望台に一つのゴミ箱が置かれていました。そこには弁当の空き箱やペットボトルが、まるで溢れんばかりに詰め込まれています。是非、それにカメラを向けて写真を撮ってみてください。背後には、美しい滝の表情も入れることをお忘れなく。

 その一枚を、何かのフォトコンテストに応募したとします。多くの審査員は、山ほど応募がある「美しい滝」の自然写真ではなく、「ゴミ箱+美しい滝」のドキュメンタリー写真に賞を与えるはずです。もちろん私もそうします。

ヘルシンキ大聖堂。訪れたとき、高所作業車が停まっていてショックを受けたが、逆に滅多にないチャンスだと思い、構図を計算して一枚の作品を生み出した。

 私は今まで、「セメント」「観覧車」「巨大カボチャ」「錦鯉」「水力発電所」「メリーゴーランド」と幾つもの異なるテーマを追い掛け、写真展を行い、写真集を形にしてきました。

 次回から、その「訳」を詳しく解説していきます。

【次号へ続く】

「第3回 たとえば「電柱」をテーマにしたらどうなるか」への2件のフィードバック

  1. 1本の電柱だけでも写真展ができるほどの写真が撮れるのですね。
    私も昨年6月1週間の写真展を初めて開催しました。
    期間中に年賀状のみのお付き合いになっていた方々とも再会できました。
    まるで「生前葬」のようでした。
    作品を見てもらうことが次につながると確信しました。
    今年も7月下旬に2回目を開催します。
    コロナで充分な活動はできないでしょうが、吉村君の活躍を祈っています。

  2. とても示唆に富む内容だと思いました。
    写真に限らずビジネスでも、何気なく見過ごしていると気が付かない事がらに潜む問題点を洗い出し、色々な角度から分析して解決法を見出す。まさにソリューションビジネスとはそういうものですよね。
    物の見方、見え方そういった事を学ぶのには、吉村さんがいうような意識を持って写真を撮ることはとても役に立つと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA