第2回 撮影テーマの見つけ方

美しい自然風景

 本格的な一眼レフカメラを手に入れた人がまず考えるのが「何を撮るか」です。

 最初から、花やペットを撮りたい、子どもの成長を記録したい、鉄道写真に挑戦したいというようなはっきりした目的があればいいのですが、多くの人は「撮影テーマ」でまず壁にぶち当たることでしょう。

 もちろん、最初の頃はテーマなど必要ないのかもしれません。新しいカメラを使ってありとあらゆる物を撮影していくことが楽しくて仕方ないでしょう。でも恋愛と同じで、その熱はやがて冷めます。そう、写真を撮る行為を継続していくには、撮影テーマを決めることがとても大切になってくるのです。

 日本で最も人気のあるテーマは「美しい自然風景」です。この国には春夏秋冬と明確な季節が宿ります。春には花が咲き、夏には海が輝き、秋には紅葉し、冬には雪が降る。そんな幾重もの美しさを持つダイナミックな自然が、人が暮らす街や村から車で1〜2時間の所にあるというのも魅力です。だから多くの人が、「美しい自然風景」をテーマに選ぶのでしょう。

 実はこの私も、写真をはじめた高校生の頃、最も好んで撮影していたのが、「美しい信州の自然風景」でした。放課後はカメラを持って近くの川や森を歩き、週末は自転車を駆って、高ボッチ山や鉢伏山に登り、時には安曇野や美ヶ原高原まで足を延ばして写真を撮っていました。

 信州の自然は、常に違った表情を見せてくれました。そして、文句一つ言うことなく被写体となり、カメラを持って写真を撮る高校生を快く受け入れてくれたのです。
 今の時代も多くの写真愛好家に愛されている「美しい自然風景」──。

 でも近頃私は、この「美しい自然風景」をテーマにするのはそろそろ終わりにした方がいいのではないか……と考えるようになってきました。

秋になると存在感を増しはじめるススキ。毎年、季節の中で見過ごしていた自然風景も、カメラを手にすることで意識するようになる。

いつかどこかで観たような写真

 私は幾つかのアマチュアの写真クラブとの交流があり、彼らから合同写真展の案内状が届くと、時間の許す限り会場に足を運ぶようにしています。

 アマチュアも、クラブに所属して写真活動を行っているような人たちは、かなり本格的な作品を生み出します。そして毎年行われている合同作品展には、1年間で生み出した究極のベストショットを出展してくる。プロラボの職人が制作したカラープリントは美しく、中にはプロの作品を超えるクオリティを持った傑作があったりもします。

 会場を訪れると、そんな気合いの入った作品を一点一点丁寧に観ていくのですが、ここ数年、こんなふうに感じるようになってきました。

〈以前、どこかで観たような写真だな……〉

 アマチュアの多くが「美しい自然風景」をテーマにしています。四季折々に変化する美しいこの国の表情をさまざまな角度から捉えているのですが、桜にしても、海にしても、紅葉にしても、樹氷にしても、あまり目新しさを感じることがないのです。例えば多くの人が狙う滝の写真は、だいたい撮り方や構図は同じで、ただ撮影者が変わっているだけでした。

〈なぜ日本の自然風景にカメラを向けると、すべて似たような写真になってしまうのだろうか……〉

 ある年、その答えが見つかりました。

 仕事で山梨県のペンションに宿泊したときのことです。宿のオーナーから、近くの一本桜がちょうど満開になったから行ってみるといい、とアドバイスを受けました。そのとき風景撮影用の中判カメラを持っていたこともあり、早速足を運んでみることにしました。

 でも現地に着いてびっくり。そこには30人を越えるアマチュアがいたからです。彼らは皆同じ場所で三脚を立て、一本桜にカメラを向け、写真撮影を行っていました。

 時折吹く春風が桜の花を揺らします。その瞬間いっせいにカシャ、カシャ、カシャとシャッター音が響きました。数分後に再び花が動くとカシャ、カシャ、カシャ。青空に白い雲が流れてくるとカシャ、カシャ、カシャ。枝から鳥が飛び立つとカシャ、カシャ、カシャ。まるで、桜の木という指揮者のもとで、音楽家たちが楽器を演奏しているようです。

 私は皆さんと同じ場所から桜の写真を撮りましたが、本音は、広角レンズを使って桜の木の下から狙いたかったのです。でも多くの人がカメラを向けている一本桜の木の下に行って写真を撮る勇気はありませんでした。

一本桜を撮影する位置は決められていた。木の真下から桜の花を狙いたかったが、それを行う勇気は出なかった。規律を乱さないのは、日本ならではの光景。外国だと、皆思い思いの場所から撮影を行っているだろう。

 別の年、朝焼けに染まる富士山を撮ろうと思い、静岡県のあるポイントに行ってみました。行く前から悪い予感はしていたのですが、実際現場に着くと、「ああ、やっぱりな……」という状況でした。

 まだ朝の3時半だというのに、そこには50人を越すアマチュアがいたのです。どうにか隙間を見つけて三脚を立てることができたのですが、隣にいたおじさんからこんな注意を受けました。

「キミさ、車のライトをつけたまま駐車場に入ってはダメだよ。長時間露光で星空を撮っている人もいるんだからさ」

 どうやらこのポイントの駐車場は、車のライトを消して入るという暗黙のルールが存在していたらしいのです。私は「申し訳ありませんでした……」と素直に謝りましたが、朝焼けの富士山を撮るという高揚感はいっきに萎んでしまいました。

 多くのアマチュアが「美しい自然風景」をテーマにし、その撮影ポイントとなる場所に行って写真を撮る。これは一本桜や富士山に限ったことではありません。日本のありとあらゆる風景が、似たようなスタイルを持っていると言っていいでしょう。深い山の中にポツンとある一本桜でも、ベストスポットは決まっているのです。

 みんなで仲良く写真撮影をする行為を否定したりはしません。でも、そこから生み出される作品は、だいたい似たような作品になることは事実です。レンズの焦点距離を変えたり、カメラの露出をいじったり、フィルターを使って色味を工夫したとしても、大きな変化がある作品を生み出すことはまず不可能でしょう。

 つまり、その場に30人いるとしたら、似たような30作品がこの世に溢れることになります。それを毎日、毎年続けていたら、数千、数万枚の作品が誕生します。

「美しい自然風景」をテーマにしたアマチュアの合同写真展は確かに素晴らしい。でも鑑賞していると、「いつかどこかで観たような……」と感じてしまうのは、どうやら撮影スタイルにも原因があることがわかってきました。

何でもテーマになる

 だとしたらこの日本で何をテーマにしたらいいのでしょうか。

 私は、「目の前にある対象物すべてが被写体である」という考え方で撮影テーマを見つける努力をしています。

 写真家になってからずっと世界を旅してきましたが、30代半ばになって、ふと「日本にもカメラを向けてみよう」と思い立ちました。

 ではこの日本で何を被写体にするのか。その時に真っ先に考えたことは、多くのプロやアマチュアがテーマとしている「美しい自然風景」だけはやめておこうということでした。なぜなら、仮に撮影を行ったとしても、そこから新しい作品を生み出していくことは難しいと判断したからです。

 例えば、風景写真の聖地と言われる北海道の富良野・美瑛にカメラを向けたとします。風景写真界の巨匠、前田真三氏をはじめとする多くの写真家、またはアマチュアたちがこの地から名作を生み出しています。私が東京からちょこっと現地に行って写真撮影をしても、彼らの作品を越える傑作を生み出すのは100%不可能だし、仮に構図や露出などを工夫して撮影を行っても、生み出される作品は「いつかどこかで観たような写真」になってしまうでしょう。

美瑛を訪れ、3日目にしてようやく霧が発生した。でもあまりに薄くて絵にならない。風景写真は、この地で生活している写真家には叶わないと思った。

 私は図書館に通って何冊もの本を紐解きながら、「土地」「建物」「歴史」「文化」などあらゆる面から撮影テーマを絞り出そうとしました。しかし、なかなか答えを見つけ出すことができません。

 実際に動いてみようと考えた私は、北海道から九州まで旅をしてみることに決めました。心に響くすべてのものにカメラを向けることによって、まだ多くの人が気づいていないテーマを発見できるような気がしたのです。

 田んぼ、棚田、畑、寺、神社、鳥居、大仏、城、教会、洋館、民家、宿場、駅、バス停、タワー、テレビ塔、電車、踏切、製材所、工場、ダム、発電所、遊園地、観覧車、信号、看板、自動販売機、重機……と、「いいな」「面白いな」「美しいな」「不思議だな」「奇妙だな」と心が動いたら車を停めて写真を撮りました。その時、いい作品を生み出そうとは考えませんでした。今回はあくまでテーマ探しの旅です。そう、目の前のものを「記録」するだけでよかったのです。

 日本一周の旅を終えると、生み出された膨大な写真をすべて2Lサイズでプリントしてみました。それをジャンル別に分け、テーブルの上に並べてみたのです。すると面白いことに、即座に4つのテーマが明確になりました。

 まずは「雪」です。

 日本は、冬になると雪が降り積もります。特に東北や北陸の日本海側は数十メートルを越える積雪です。その真っ白な雪が、普段何気なく目にしている風景を劇的に変えてしまうことに気づきました。雪景色を「記録」したどの写真も目を引き、雪というのは一つのテーマになると考えたのです。

秋田県由利本荘市で撮影。真っ白な雪があるので、野球場の色彩が際立ってくる。

 次は「軽トラック」です。

 どこに行っても見掛ける車は、トヨタのアルファードでも、ニッサンのセレナでも、ホンダのフィットでもなく、軽トラックでした。この小さな可愛らしい車は、農家の庭先、田んぼの畦道、スーパーの駐車場など、日本のありとあらゆる場所にちょこんと停まっていました。そんな軽トラックばかりを意識して「記録」していたら、日本の経済を動かし、底力を支えているのは軽トラックではないかと思えてくるほどでした。軽トラックがある風景は一つのテーマになると確信しました。

大分県臼杵市で撮影。軽トラックが規則正しく並んでいる様は、とても可愛らしい。

 そして「黄色」です。

 この国には意外にも黄色が多いことに気づきました。道路標識や工事用車両、漁で使う浮子も白や黒以上に黄色を見掛けます。マクドナルドのMの文字をはじめ、お店の看板でも黄色が目立ちました。秋の黄葉を撮るよりは面白いと思い、物に塗られた「黄色」をテーマにすることに決めました。

岩手県宮古市で撮影。海岸線に置かれた浮子。鮮やかな蛍光色で塗られていた。

 4つ目は「祈り」です。

 日本人は宗教心が薄いと言われていますが、決してそんなことはありません。いたる所にお寺や神社があるし、道路の脇にポツンとお地蔵さんが置かれていたりします。また、すべての宗教を寛大に受け入れているのも日本の特徴です。長崎県の五島列島を訪れたら、教会、キリスト像、マリア像がある風景が当たり前になっていました。

岐阜県高山市で撮影。小さなバス停の横にあったお地蔵さん。

「雪」
「軽トラック」
「黄色」
「祈り」

 私はこの4つのテーマで日本の風景を撮影することに決めました。そして改めて北海道から九州までを旅し、4×5のフィルムカメラを使って写真を撮ったのです。

 1年後、生み出した作品をまとめ、写真集『Sense of Japan(日本のセンス)』を出版することができました。

 写真展も開催したいと考えた私は、富士フイルムフォトサロンの写真展審査に出してみました。六本木ミッドタウンにある富士フイルムフォトサロンは、日本で最も多くの入場者がる人気のギャラリーで、よく風景写真の作品展が行われています。

 どうにか審査にパスして写真展の開催が決まったのですが、後でカメラ開発部門の担当者さんに尋ねたところ、この従来のスタイルから逸脱した日本風景に関しては、賛否両論があったようです。「富士フイルムフォトサロンで行う写真展には相応しくない」と断固反対した審査員もおり、かなり揉めたとのこと。

富士フイルムフォトサロンで行われた写真展「Sense of Japan」は、東京展の後、大阪展も開催した。

 実は写真展開催期間中も色々ありました。展示した50点あまりの作品を「面白い」と言って観てくれる人が大半でしたが、中には「実にくだらん」と言って、そそくさと会場を出てしまうアマチュアも何人かいたのです。中には、

「雪と人工物を重ねてしまうと、本来の雪の美しさが失われる」
「日本のセンスと謳っているのに、軽トラックのどこにセンスあるんだ」
「黄色い道路標識を自然風景の中に入れて撮ってはいけない」
「神社仏閣は、朝や夕方の光が斜めに差し込む時を狙って撮るべきだ」
「こんなふざけた風景写真を発表して、プロとして恥ずかしくないのか?」

 などなど。特にアマチュアを指導しているレッスンプロの講師陣からは厳しいご指摘を受けました。

 写真展の審査の段階から写真展開催中まで、数多くの批判を受けた作品発表でしたが、私はそれほど気にしていませんでした。

 何より、今まで誰もやってこなかった形で日本の風景を形にできたことは誇らしかったし、この「風変わりな作品展」が批判をした人の心に残っただけでも、やってよかったと思ったのです。おそらく従来通りの「美しい自然風景」であったら、写真展会場での受けはいいかもしれませんが、人の記憶には残らないでしょう。

 余談ですが、この時に出版した写真集『Sense of Japan』は、初版1000部を完売することができました。そして今、私が出版してきた作品集の中で、唯一プレミアがつく作品集となっています。

日本をテーマにした初めての写真集『Sense of Japan』(ノストロ・ボスコ刊)。風合いがいいヴァンヌーボという高級紙を使って作られた。

【次号へ続く】

「第2回 撮影テーマの見つけ方」への1件のフィードバック

  1. 確かにプリンスエドワード島=吉村さんのイメージが強かった私もこの写真集を観たときは驚きました。
    何故吉村さんが軽トラックを被写体に選んだのか理解出来なかったからです。
    しかしこの4つのテーマを選んだ理由を知って何となく分かる様な気がしました。
    多くの批判もあったようですが、この姿勢こそ、プロとアマの違いだと思います。
    そして共感した人々がプロを育てることになるんだと感じました。

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