【連載・写真のひみつ】第57回 撮影テクニック06

「世界で最も美しい村」の撮影
17年前、「世界の最も美しい村」をテーマにすると決めてから、年に2〜3回のペースでフランス、イタリア、ベルギー、スペインを訪れ、各地に点在するに登録村にカメラを向けてきました。取材の成果は、写真集や写真展で発表しています。

写真集は、各村を組写真で紹介していく構成になっています。一つの村で8〜12点ほどの写真が使われているので、たとえば448ページのイタリアの写真集だとしたら、4000枚を越える写真で「最も美しい村」の魅力を伝えています。

通常の海外取材では、まずは十分な時間をかけて被写体を探します。ときめく風景にを見つけたら、カメラを三脚に固定し、ファインダーを覗いてじっくり構図を練り、そして慎重にシャッターを切ります。光が色鮮やかになる朝や夕にずらして撮影を行うこともあるし、天気が悪かったら撮影を諦めてしまうこともあります。

しかし「最も美しい村」の取材では、このような悠長な撮影スタイルを取っていません。その時々で、自分の目の前に現れるすべてのものを撮るような感覚で、次々とカメラのシャッターを切っていきます。そう、村全体を「記録」しているのです。

「記録」スタイルとは
「最も美しい村」の取材スタイルはいつもこんな感じです。

カメラは1台だけ首からぶら下げます。そのカメラに、24〜70mmの標準ズームを装着しますが、念のため、バックパック式のカメラバッグには、16〜35mmズームと70〜200mmズームも入れておきます。

目的の村に到着すると、すぐに写真を撮りはじめます。村の入口に門があればその門にカメラを向け、壁に彫刻があればアップで切り取ります。

石畳みの路地を歩きます。家屋、教会、噴水、窓、樹木、花、洗濯物、車、ショップ、犬、ネコ、鳥、そして村人にいたるまで、少しでも「いいな」と心が動いたら、片っ端からカメラを向けて撮影していきます。

お昼は村内にあるレストランに入ります。まずはお店の外観を撮り、店内の様子も撮ります。テーブルについたらをメニューを、料理が運ばれてきたら、食べる前にを一品ずつ撮ります。ウェイターやウェイトレスにカメラを向けることもあります。

ホテルに泊まるときも同じです。まずは宿の外観を、荷物を運び入れる前に自分の部屋の写真を撮ります。窓からの景色、壁に飾られた絵画、ロビーや中庭、ホテルで働く従業員を撮らせてもらうこともあります。

このように、カメラを使って村のすべてを「記録」することを目的にしているので、「いい写真を生み出す」ことはあまり考えていません。たとえば聖堂の前に観光客が屯していたとします。通常は人がいなくなるまで待ちますが、私はあえて観光客を入れた状態で写真を撮ります。空にいくつもの雲が浮かんでいると、狙った被写体が陰っていることがあります。その場で15〜30分くらい待てば太陽の光に照らされますが、私は風景をありのままの状態で撮影し、次の場所へと移動します。

「記録」スタイルだと、一つの村で3000枚を越える写真が生み出せます。当然面白みのない説明写真ばかりで、中には構図が不安定だったりブレている写真があったりもします。でも私は、それはそれでいいと思っているのです。最終的に組み写真で発表することを想定しているので、個々の写真が弱くても問題ありません。

面白いのは、このような記録重視の撮影であっても、稀にベストショットが生まれることです。スペインでは、別の写真集の一ページを飾った力強い作品が誕生しました。まさに「数打ちゃ当たる」の世界と言えるでしょう。

一枚でも多くの写真を撮る
東京で暮らす写真愛好家が、北アルプスの麓、長野県安曇野市に一泊二日で撮影旅行に出かけるとしましょう。多くの人が、数日前から周到な準備をすると思います。これを機に新しいレンズを購入する人もいるかもしれません。

8時頃現地に到着。まずは朝の美しい光に照らされた田園地帯に車を進めます。「さて撮るぞ」と意気込み、田んぼと北アルプスの山並みを組み合わせた写真を数カット撮影します。でも多くの人は、その後なかなかシャッターが押せなくなります。

大王わさび農場や穗高神社、国営アルプスあずみの公園などの観光名所を訪れてみます。確かに絵になる被写体がたくさんありますが、たとえ撮ったとしても、パンフレットやガイドブックにあるような当たり前の写真が生み出されるだけで、なかなか手応えのある一枚は形になりません。

夕方、予約した温泉宿に入ります。今日はイマイチだったな……という後悔を抱きながら、ビールを飲み、食事をして、温泉に入って眠ります。

翌朝は早起きをしてフィールドに出かけます。しかし残念ながら曇り空、期待していた朝日は望めそうにありません。結局1枚も撮らないまま宿に戻って朝食。チェックアウトの手続きを行います。

今日は自然をテーマにしてみようと、木崎湖、中綱湖、青木湖に車を進めます。それぞれの湖を一周しても、やはりいつかどこかで見たような風景写真を数枚生み出しただけで終わってしまうでしょう。

夕方、中央高速を走って東京に向かいますが、日曜の夜なので小仏トンネル手前で大渋滞。6時間以上も車の中で過ごし、自宅に辿り着くのは深夜になります。この二日間で生み出した写真はたったの50枚。一体自分は何のために安曇野まで行ったのだろうと苦笑いが出るでしょう。そして決まってこんな言葉を呟きます。「写真は難しいなあ……」と。

では私が、同じ日、同じ場所に行くとしましょう。経験上、日本の多くの観光地ではなかなかシャッターが押せず、いい写真が生み出せないことがわかっています。そのため出かける前から、「世界の最も美しい村」の取材で行っている「記録」スタイルでいこう、と決めてしまいます。

安曇野に到着したら、とにかく目の前にあるものすべてのものにカメラを向けていきます。田園風景、アルプスの山並み、ニジマス養殖場、駅、SL、踏切、民家、古びた看板、軽トラック、神社、美術館、道祖神、電柱、看板、ポスト、ガードレール、公衆電話、歩道橋、蕎麦屋、自動販売機、無人野菜販売所、無人精米機、コンビニ……。

夕方、温泉宿に到着したら、宿の外観、庭の松、スリッパ、書棚と、片っ端から写真を撮ります。主人の表情が素敵だったら、お願いして顔写真を撮らせてもらうかもしれません。

翌朝は曇りでも気にしません。まずは灰色の空にカメラを向け、田んぼや小川を切り取ります。犬を連れて朝の散歩を楽しんでいる人がいれば、点景で撮ることでしょう。

その後各地を巡り、初日と同じように、一台のカメラで何かから何まで切り取っていきます。帰り道、中央道で渋滞に巻き込まれたら、近くのサービスエリアに車がたくさん停まっている状況の写真を撮るでしょう。

このような「記録」スタイルだと、一泊二日の旅でも1万枚を超える写真が生み出せます。その大半がつまらない写真ですが、4〜5枚、「おっ」と思う写真があるから不思議です。小さな子どもが背伸びして自動販売機でジュースを買うシーンとか、畑にポツンと置かれた廃バスとか、宿の女将さんのとびきり素敵な笑顔とか……。仮に私がアマチュアだとしたら、そのお気に入りをフォトコンテストに応募するでしょう。

写真は、頭で考えるより先にシャッターを押すことが大切です。これがベストショットを生み出すコツでもあるのです。

【次号に続く】

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