写真詩集『あさ/朝』のはじまり
ある日、児童出版社アリス館の編集者さんが、仕事場に写真を見に来ました。
キャビネットに収納していたポジフィルムを数時間かけてすべてチェックし、そして出た言葉が、
「吉村さんが生み出した朝の写真を使って何か本が作れないだろうか……」
でした。
これが、写真詩集『あさ/朝』のはじまりです。
「吉村さんは作家さんとのコラボは興味がありますか?」と尋ねられたので、「もちろんです」と答えました。
すぐに編集者さんの方で、作家さんの人選がはじまりました。色々な作家さん(女流作家が多かったです)の候補が上がりましたが、朝の詩をたくさんお書きになっている詩人・谷川俊太郎氏にお願いしてみたらどうだろうか……ということになったのです。
当時谷川さんは、全出版社が原稿を欲しがっている大変お忙しい方だったので、「谷川さんは絶対にお受けしてくれないと思いますけど……」という感じで話をしていたのを思い出します。
しかし何事もやってみるまではわかりません。
そこで、アリス館の編集者さんから、そして僕の方からも谷川さん宛に手書きのお手紙を書きました。もちろん、それまでに形になっていた『プリンス・エドワード島』や『光ふる郷』をはじめとする写真集もお送りします。
数日後、編集者さんから、「谷川さんがこの企画に興味を持ち、お受けしてくれた」との連絡が入りました。嬉しさ以上に、驚きの方が大きかったです。
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本の構成
まずは、膨大な海外作品ストックの中から「朝」に関する写真をすべて選び出し、そこから編集者さんと二人で本の構成を練っていきました。
当時はすべてフィルムです。そのフィルムをスキャンしてデータ化し、プリントアウト。それらをテーブルに並べ、写真の並び順を考えていきました。
最終的に、夜の闇がとけ、あたりが徐々に明るくなり、そして朝がはじまっていく、という朝の時間の流れを、プリンスエドワード島を中心とする16枚の写真で表現してみたのです。
その構成案を谷川さんに送り、そして完成したのが
「だれよりもはやく めをさますのが あさ」
からはじまる詩です。
本は二部構成になっています。後半は、朝に関する谷川さんの詩に合わせながら、僕の方で写真選びを行っていきました。
詩を何度も繰り返して読み、朝の作品を選んでいく作業はとても楽しかったです。すべてカナダの風景写真です。日本の詩と海外の写真と組み合わせても全く違和感がありませんでした。
代表作「朝のリレー」と「プリンスエドワード島の風景写真」がはじめて手を組んだのです。
デザイナーは、編集者さんの方から、当時数多くの単行本の表紙のデザインを手掛けていた大久保伸子さんに依頼しました。大久保さん、快くお受けして下さいました。
印刷は、クオリティの高い写真絡みの印刷物をつくることで知られている丸山印刷です。
そう、制作に一切の妥協はありませんでした。
発売後、ベストセラーになる
2004年7月10日、写真詩集『あさ/朝』が出版されました。
確か初版は5000部くらいだったと思います。
綺麗な本になったので、少しずつ、そして長く売れていけばいいですね、と編集者さんと話をしていたら、何と、発売直後から完売する書店が続出しはじめたのです。すぐに重版がかかりました。
出版社も積極的に販売促進を行ったため、その後も順調に売上を伸ばしていきました。
テレビやラジオ、新聞や雑誌などから出演や取材の依頼が次々と舞い込み、海外取材から戻るとその対応に追われました。
いま振り返ると、私の黄金時代だったと思います。
谷川さんとサイン会も行いました。大阪の書店から依頼があったときは、一緒に新幹線に乗って現地入りしました。
サイン会は確か夜19時から。僕はせっかく大阪に行くのだからとその日はホテルを取りましたが、お忙しい谷川さんは最終の新幹線で東京に戻られました。
翌年出版した『ゆう/夕』と合わせて、『あさ/朝』は累計30万部くらい売れたと思います。
もちろん今の時代によくある「10万部突破!」というなんちゃってベストセラー(あくまで刷部数で、実際はあまり売れていない)ではありません。アリス館は本の在庫が少なくなると3000部単位で重版をかけていったので、制作した分は確実に完売しているはずです。
当時、まとまった額の印税も入ってきたのですが、「フランスの最も美しい村」の取材ですべて使い切ってしまいました。後日、予想外の税金がドカンときたので、最終的には出版社に借金をすることになりました。当時の私は、税金対策なんてこれっぽっちも考えていなかったのです。
実は『あさ/朝』『あさ/夕』は、20年経ったいまでも売れ続けているのです。
2年に1回のペースで、500部の重版がかかります。出版社からその報告を受けるたびに嬉しくなります。
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谷川さんからいただいた推薦文
私は、2年後の2006年に、『こわれない風景』というフォトエッセイ集を光文社から出版することになりました。
編集者さんから、「帯のコピーを谷川さんにお願いできないだろうか」と相談されました。
そこで私の方から、谷川さんにお手紙を書いてみたのです。そしたら原稿を丁寧にお読みになってくださり、紹介文を書いてくださいました。
見るだけではない、撮るだけではない、吉村さんは全身で自然と人々の暮らしをいとおしみ、抱きしめる。こわすまいとする意思が、「こわれない風景」を生むことをこの本は教えてくれる 谷川俊太郎
この一文にふれると、今でも涙が出てきます。
#あさ朝 谷川俊太郎 #朝のリレー #プリンスエドワード島