メープル街道
オンタリオ州のナイアガラの滝からケベック州のケベック・シティまで、 全長約 800キロに及ぶルートは「ヘリテージ・ハイウェイ (歴史街道)」と呼ばれ、日本で は 「メープル街道」の愛称で親しまれています。
この地域には、 主にイギリスとフランスの二つの文化圏があり、トロント、オタワ、モントリオールといった、カナダの経済を支える主要都市が点在しています。 中でも、1985年にユネスコの世界文化遺産に登録されたケベック・シティの旧市街は、中世の面影を残す北米で唯一の城壁都市として知られ、四季を通して世界中から多くの観光客が訪れます。
西のオンタリオ湖から東の大西洋まで、メープル街道に沿うようにして流れるセント・ローレンス川は、カナダの歴史の中で重要な役割を担ってきました。
大航海時代、フランス人の探検家ジャック・カルチエは、この川こそ東洋へつづくルートだと信じ、上流へと遡りました。先住民アルゴンキン族のインディアンとヨーロッパ人との間でさかんに行われた毛皮貿易では、沿岸に次々と交易所が築かれていきました。やがてはじまる入植者たちによる大規模な植民地の建設、イギリスとフランスとの間で繰り広げられた支配権をめぐる争いなど、カナダの歩みは何らかの形でこの川と密接に結びついていたのです。
セント・ローレンス川の周辺は、農耕や牧畜が行われているゆるやかな丘陵地帯。 その背後には、アパラチア山脈から延びる標高600メートル前後の低い山が連なっています。サトウカエデを中心とした落葉広葉樹が生殖しており、ムースやシカ、 リスやビーバーなどの野生動物が暮らす豊かな自然が残されています。
この森は四季折々に美しい表情を見せてくれますが、 何と言ってもお勧めは秋の紅 葉の頃でしょう。10月初旬、北からの寒気団に誘われるかのように、広葉樹の葉は いっせいに色を変えます。 あたり一面が赤や黄、オレンジに色づく様は、思わず溜息が出るほど美しいです。
メープル街道の各地に点在する大都市は、民族の多様性に富み、世界に向けて独自の文化を発信しつづけています。 秋に訪れ、 紅葉前線を追いかけるように街や村を旅していけば、この地の魅力を十分に伺い知ることができるでしょう。
ローレンシャン高原
メープル街道の中で紅葉のメッカとして名高いのが、ケベック州モントリオールから15号線を北へ130キロほど北上した所に広がるローレンシャン高原です。ここにはサトウカエデを中心に、アカナラ、ニレ、ユリノキ、シナノキ、トネリコな どの落葉広葉樹が生い茂る豊かな森が延々と連なっています。
かつてはシロマツをはじめとする針葉樹も豊富に生殖していました。しかし、1800年代、ヨーロッパからの入植者たちは、この地の木々を次々と伐採、造船や建築資材として本土へ送りました。そして丸裸になった山の斜面に急速に台頭してきたのが、以前から混在していたサトウカエデだったのです。この木は発芽率が高く、成長が早い。加えて、夏暖かく雨が多いという恵まれた気候と、アパラチア山系の石灰分を多く含んだ肥沃な土壌も、広葉樹の生育に一役買っていました。
この地には、サンタデール、エステレル、サン・フォスタン・ラック・カレなど、 人口数百人の町が点在していますが、最も知られているのが、 ローレンシャンの最高峰 峰トランブラン山(標高875m) の麓にあるモン・トランブランです。山の斜面には東部カナダで最大のスキー場があり、高級ホテルやコンドミニアムが建ち並ぶリゾート地となっています。
四季を通して賑わいを見せますが、秋の週末には、モントリオールやオタワからたくさんの都会人がこの地にやって来ます。 彼らは、サイクリング、 乗馬、 カヌー、ラフティングなどをして、秋がもたらす色彩の美しさに酔いしれています。中でも人気が高いのがハイキングです。
山々にはいくつものハイキングトレイルがありますが、モン・トランブラン州立公園 のモンロー湖の畔にあるトレイルは人気コースの一つです。 落ち葉を踏みしめ木立の中を40分ほど歩くと、やがて崖の上の展望台に出ます。はるか彼方まで延々と続く原色の山々と、モンロー湖の深い群青とのコントラストはあまりに素晴らしく、言葉を失うでしょう。
多くの人は、秋色に染まるローレンシャンの光景を「世界一の紅葉」と評します。この地を訪れ、実際にスケールの大きな色彩の饗宴を目にすれば、それが決して大げさな表現でないことがわかります。
メープルシロップ
この地を覆うサトウカエデの木々は、春になり氷点下の気温がプラスに転じはじめると、水分をたっぷりと含んだ樹液をさかんに出しはじめます。この樹液が濃縮されると、メープルシロップと呼ばれる天然の甘味料となります。ケベック州はメープルシロップの主要産地として知られ、採取するためのシュガー・シャック(砂糖小屋) が各地に点在しています。
メープルシロップの採取は、かつてこの地で暮らしていた先住民がはじめました。その後、フランスからやって来た開拓者に受け継がれていきますが、採取の方法は、長い間、実にシンプルなスタイルで行われていました。
まずはサトウカエデの幹の部分(地上から1メートルほど)に穴を開け、 そこに金属の栓を差し込みます。 やがてポタポタと垂れてくる樹液を、ぶらさがっているバケ ツで受けとめていきます。しかし1970年以降は、ポンプと細い真空チューブを使って一括して吸い取る方式に移り変わっており、この昔ながらの方法で樹液を採取している森は、観光客を受け入れている一部の森だけになってしまいました。
集めた樹液は、まずは十分に煮詰めます。70%近くの水分が飛ぶと、琥珀色の液体が残ります。それをろ過して不純物を取り除くと、メープルシロップの完成です。1本のサトウカエデからは1シーズンに、15~40ガロン(68~180ℓ)ほど採れるといわれています。
メープルシロップは、採取時期の違いで透明度が異なり、「ダーク」「アンバー」「ミディアム」「ライト」「エクストラライト」の5種類に分類されます。一般的に好まれているのはミディアムです。料理などで使われるのがアンバーで、ダークなどは香辛料として使われます。
近年、日本でも急速に人気が高まりつつありますが、その理由の一つに、バランスの取れた豊富な栄養素があります。カリウムやカルシウムが蜂蜜よりも豊富に含まれ、逆にエネルギーが少ないので、最も理想的な低カロリー甘味料と言えるでしょう。
美しく彩られる秋の森もお勧めですが、このメープルシロップの採取の時期に訪れ、植物の持つ生命力を感じてみるのも面白いでしょう。
※この記事と写真の無断転用を禁じます。(C)KAZUTOSHI YOSHIMURA
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