【連載・写真のひみつ】第44回 構図04

縦で撮る
3:2や4:3など縦横比が異なるイメージセンサーを持つカメラは、カメラの向きを変えて写真を撮ることにより、横と縦の二つのパターンの写真を生み出すことが可能です。しかし9割以上の人が横で写真を撮ると言われています。私自身が34年間で生み出してきた作品を見ても、8割以上が横でした。

写真家として駆け出しの頃、旅行雑誌や観光パンフレットの仕事を精力的に行っていました。海外取材前に編集者さんによく言われたことがあります。

「できれば縦もおさえてきてください」

出版物は、基本、横の写真で構成されています。しかし、表紙や扉に使われるのは縦の写真です。すべての被写体で縦がワンカットでもあると、表紙や扉の選択幅が広がります。だから多くの編集者さんは、縦の写真を求めたのでしょう。

私は取材先で被写体にカメラを向けるとき、最後に必ず縦でも1枚は撮るようにしました。でもよく縦を撮り忘れることもあったのです。そんなときに限って表紙や扉に向いている作品が生まれます。「これ、縦がないんだ……」と編集者さんをがっかりさせてしまうこともありました。

なぜ多くの人は、写真を横で撮ってしまうのでしょうか。それは人間の視野角に関係していると思います。二つの目が見ている範囲は、左右180度、上が60度、下が70度と言われています。上下と比べ左右の方が若干広いのです。ときめく被写体を見つけたとき、横で写真を撮った方がしっくりくるというのは自然な流れでしょう。

もう一つの原因はカメラにあります。世の中に流通しているすべてのデジタルカメラは、長方形のイメージセンサーが横に装着されています。それに合わせる形でファインダーと液晶モニターが横についている。当然、グリップ、シャッターボタン、各種ダイヤル類は、横で写真を撮ることを想定して作られているのです。そう、カメラ自体が「横で写真を撮りましょう」と言っているようなもの。

縦の写真を撮るとしたら、右手を上か下にして、もう片方の手でレンズをおさえるという不自然な構え方をしなければなりません。このポーズを取るのは結構面倒で、撮影時に多くの人が、「横のままでいいや」となってしまうのです。

以前私はカメラメーカーの人に、「イメージセンサーを縦に装着したカメラを作って欲しい」と要望したことがあります。そのような「ありそうでなかった」尖った製品はヒットすると思ったのですが、カメラメーカーの人からは、「吉村さん、そんなヘンテコなカメラはコレクターにしか売れませんよ」と一笑にふされました。

仮に縦専用のカメラがあるとしたら、世の中にあふれている写真も、縦が多くなってくるのではないでしょうか。現にスマートフォンのカメラは、写真を縦で撮るように設計されています。そのため、記念写真やショート動画は縦が主流になってきました。

縦の写真を撮る旅
数年前、某航空会社のカレンダーの仕事で、世界各国、国内各地を旅することになりました。この会社が毎年制作しているカレンダーは、12ヶ月すべてに縦の写真が使われています。航空会社ということあり、空に広がりを持たせるデザインに拘りを持っていたのでしょう。

求められているのはすべて縦の作品。私にとっては初めて「縦の写真を撮る旅」となりました。

出発前、まずは愛用のカメラにL字型ブラケット(L字プレート)を取り付けました。カレンダーはクオリティが高い作品が求められるので、撮影はすべて三脚を使って行われます。でも困ったことに、今のカメラには三脚穴がボディの底についているのです。そのため、L字型ブラケットという特殊なプレートを使って、三脚穴をカメラの横に持ってくる必要がありました。

L字型ブラケットを取り付け、カメラを横にしても三脚の軸が一直線になるようにした。

まずはヨーロッパから撮影がスタートしたのですが、やはり初日から戸惑いました。ときめく被写体を縦の構図でとらえると、どうしても左右が切れてしまい、上下が間延びした感じになってしまうのです。私の頭は、被写体を横の構図で整理するようにインプットされており、瞬時に縦の構図で引きすことができませんでした。

〈縦の構図は思っていた以上に難しいな……〉

私はまず、標準レンズから広角レンズに切り替えて撮影を行ってみました。少し画角が広くなったぶん、狙った被写体の全体像は入るようになりましたが、今度は上と下の空間が極端に広がってしまい、いまひとつしっくりきません。

試行錯誤を繰り返しながらすべての被写体を縦でとらえていたら、だんだんとコツが飲み込めてきました。

狙った被写体の左右が切れてしまうとき、あえて被写体の右か左どちらか一方をカットしてみたのです。たとえば大聖堂であったら、1/3をファインダーから外し、2/3だけで画面構成をする。建物を大きくとらえると上と下も狭まってくるので、全体のバランスも保たれます。

また、縦にすることで上と下に生まれてしまう空間は、そこに何らかの対象物を入れるようにしました。上には外灯や木々、フラワーバスケットなど。下には石畳みの道や花壇、車やバイクなど。上下に主題とはまた別の要素を加えることにより、1枚の作品が随分と賑やかになっていったのです。

全体像をとらえようとせず、建物の一部分だけで画面構成をしていく。
上と下にできてしまう空間に、あえて木々を入れてみた。

翌月、北米を訪れたときは、初日から縦の写真に対する戸惑いはありませんでした。むしろ、縦で構図を考え、縦の作品を生み出していくことが楽しくて仕方なくなっていたのです。

そう、縦の写真が難しいと感じたのは、単なる撮り慣れていなかっただけなのです。縦の写真も横の写真を撮るときと全く同じ。三分割法を考慮して構図を決めていけば、縦でも安定感のある作品が簡単に生み出せるのです。

縦の写真の勧め
私は自分の作品を額装して販売することも積極的に行っています。数年前、山梨県清里「萌木の村」で自分のギャラリーを持っていたときは、大中小、たくさんの作品額を制作し、多くの方にお買い求めいただきました。

時々作品額を購入した方から、「こんな感じで飾ってみました」という部屋の写真が送られてきます。自分の作品額が展示されている喜びを噛みしめながら、その方のご自宅のインテリアや雰囲気を楽しませてもらいましたが、写真を見ているとき、ある一つの発見があったのです。それは、横の写真より縦の写真の方がインテリアに馴染んでいる、ということでした。

縦の作品額は、見る側の視線が天井と床に流れるので、壁がすっきりとし、部屋が広く感じるのです。加えて、縦にデザインされたドアやガラス戸、本棚との統一感もありました。横の写真を縦の額に入れ、縦の作品額にする、というアイディアは、そんなところから閃いたのです。

数年前から、私は積極的に縦の写真も撮るようになりました。ヨーロッパの村歩きで生み出す数万カットの作品は、4割以上が縦です。

いつの日か、何か一つのテーマを追い掛けるとき、最初から最後まで縦で撮ることにも挑戦してみたいです。当然、個展で作品を発表するときも縦、写真集も縦のレイアウトで構成します。

縦の写真は決して難しくはありません。是非皆さんも縦で撮る努力をしてみてください。思ってもみなかったベストショットが誕生するかもしれません。

【次号に続く】

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