白い風景
長野県松本市生まれだというと、多くの人から決まって「北アルプスの山並みに抱かれた美しい街ですね」という言葉が返ってきます。しかし、私のような松本で生まれ育った人にしてみれば、北アルプスをそれほど意識するようなことはありません。特に子供の頃は、西側に標高3000m級の山並みが連なることなどまったく気にもとめなかったし、大人になってからも、県外の人に指摘されて初めて山に視線を投げる程度でした。
こんな私でも、北アルプスを見て「あっ」と驚くことがあります。それは山が初冠雪を抱いて真っ白になったときです。
低気圧が過ぎ去った後、真っ青な世界に突然現れた真っ白い山の連なりを目にすると、「ああ、何て美しいんだろう……」と深く感動してため息を漏らします。コンビニやホームセンターの駐車場で、つい立ち止まって雪山に見入ってしまうこともよくあります。
冬の季節になると途端に存在感を増しはじめる北アルプスの山々。地元で生まれ育った私でさえも「美しい」と唸らせるその魅力は、やはり雪の白さに原因があるような気がしています。
白をテーマに写真を撮る
数年前、「白」をテーマに作品を生み出してみようと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが「雪」でした。12月に入ると、東北や北陸の天気予報を毎日チェックするようになり、大雪のニュースが流れると同時に、北国へと旅立ちました。
雪景色にカメラを向けるにあたり、一つ拘ったことがあります。それは雪の「白さ」を常に意識しながらシャッターを切ることでした。
太陽の光は、朝方は黄味を、夕方は赤味を帯びています。白い雪はその光の色をダイレクトに受けとめてしまうので、朝夕の時間に雪景色を撮ると、白い雪を白く撮ることができないのです。
巷にあふれている冬景色の作品の多くが、光の色の変化を上手く使いながら作品を生み出していると言ってもいいでしょう。たとえば写真愛好家に人気の被写体、富士山。写真集やカレンダーに使われている作品を見ると、山頂部分の雪が赤や黄色に染まっています。
「白さ」を前面に押し出そうと考えていた私は、光の色に影響されない日中の時間帯に写真を撮りました。2013年の『SEKISETZ 積雪』、2015年の『雪の色』は日本の雪景色をテーマにしていますが、実は「白」をテーマにした写真集でもあったのです。
白いテーマは雪くらいしかないと思っていた私ですが、ギリシャを旅しているときに、「白い村」という被写体と出会いました。
村内は、家屋や教会、路地や階段まですべて真っ白にペイントされており、まさに目を細めたくなるような明るく眩しい世界が広がっていました。路地を歩きカメラのシャッターを切っていくと、次々と白い作品が生み出されていくので楽しくて仕方ありません。また、そんな白い村を少し離れた場所から眺めると、大地が真っ白な雪に覆われているようにも見えました。この地方に雪が降り積もることは滅多にありません。住人たちの雪景色への憧れが、村を白くペイントすることに繋がっていったのかもしれない……そんなことを考えながら撮影を行いました。
白を撮るのは難しい
白い雪は、写真を撮る上で最も難しい被写体と言えるでしょう。よく晴れた日に雪景色をデジタルカメラで撮ると、雪の部分が真っ白になってしまうことがよくあります。これは「白とび」と呼ばれる現象です。
この白とびを回避するには、露出をアンダー目に設定することです。−1→−2→―3と下げていくと、雪のディテールがはっきりと描写されていくことに驚くでしょう。しかし、一つ困った問題が発生します。雪と一緒に画面の中に入り込む建物や木々のシャドー部がアンダーになり、潰れてしまうのです。
これは、ハイライト部とシャドー部の露出の差が大きいときに起こる現象です。デジタルカメラのイメージセンサーが捉えることが出来る光の範囲は「ダイナミックレンジ」という数値で表されます。たとえば人が100という光の差を識別できるとしたら、イメージセンサーはその半分くらいの力しか持っていないのです。だからハイライト部、シャドー部のどちらかに露出を合わせると、決まって一方が犠牲になります。
スチール撮影ができるデジタルカメラは円熟の境地に達しており、新しいカメラが発表になっても機能面ではそれほど目新しい変化は見られなくなりました。今後は、イメージセンサーのダイナミックレンジの幅をいかに広げられるかが鍵になってくるような気がしています。たとえばトンネル内から出口部分にカメラを向けたとき、ハイライト部とシャドー部が見た目と同じように撮れるデジタルカメラが誕生したら、私は購入したいと思っています。
この雪を撮るときの白とびは、ある程度は防ぐことが出来ます。一つはフィルムを使うことです。フィルムの中でもネガフィルムは、ダイナミックレンジの幅が広いことで知られています。ハイライト寄りに露出を振っても、シャドー部も比較的しっかりと描写されているのです。写真集『積雪』で発表した作品はすべてモノクロネガフィルムで撮影を行いました。大地を覆う真っ白な雪、背後の暗い森のディティールがよく出ていることに驚くでしょう。
ハーフNDフィルターを使い、眩しい雪の部分の露出を下げてあげるのも一つの方法です。これは雪山を撮るときに用いられるテクニックです。このカナディアンロッキーのレイクルイーズを捉えた作品は、ハーフNDフィルターを使って生み出されました。最初、フィルターなしで撮影を行ったら、山や湖に露出に引っ張られ、白いビクトリア氷河は見事に白飛びしてしまったのです。そこで、ハーフNDフィルターでビクトリア氷河の部分を覆いました。するとハイライト部とシャドー部の露出の差が小さくなり、氷河の姿形を描き出すことが出来たのです。
ハーフNDフィルターを使うときは、レンズの絞りを可能な限り開けて、ND部分がはじまる境界線をぼかしてください。でないと画面に不自然な筋が出て、いかにも「フィルターを使って生み出しました」という作品になってしまいます。そんな創作感がある風景作品は、企業カレンダーでは致命的です。作品が採用されることはありえません。
+1、±0、−1と、露出を変えた写真を3枚撮り、それらを合成して一枚の作品を生み出すHDR(ハイダイナミックレンジ)という方法もあります。しかし作品に「作った感」が強調されてしまうため、風景写真の世界では敬遠されがちです。私もHDRを使って作品を生み出したことは過去に一度もありません。
3つめの方法としては、コントラストの低い曇りの日に雪景色の撮影を行うことです。雪は太陽の光に照らされると、何倍にも眩しさを増します。しかし天気の悪い日は、その眩しさが緩和され、建物や木々などのシャドー部に露出が近づくのです。こんな日は、カメラ任せのオートで露出を決めても大丈夫です。写真集『雪の色』で発表した作品は、雪の中にある色を強調したかったので、あえて曇りや雪の日を選んで撮影を行いました。
白い作品の価値
写真展や写真集で発表する作品は、基本、すべて「白い紙」にプリントします。白い雪の写真を白い紙にプリントするのは実はたいへん難しい作業です。雪に少しでもディティールがないと、その部分は紙の白さと見分けがつかなくなってしまうからです。
『積雪』の写真集を制作しているとき、まずはモノクロネガを引き伸ばし機にセットし、バライタの印画紙にプリントしてみたのです。でも、思い通りの作品を生み出すことは出来ませんでした。雪の部分出そうとして焼き込むとシャドー部が潰れてしまい、逆にシャドー部を出そうとすると雪の部分が白く飛んでしまいます。被写体の形に厚紙を切り、覆い焼きを行ったりもしました。しかし、この手法ではどうしても不自然な境界線が出てしまうのです。
そこで、モノクロネガをスキャナでスキャンして画像をデータに置き換え、フォトショップを使って覆い焼きなどのレタッチを行うことにしました。そのデータをインクジェットプリンターでモノクロ出力してみたら、イメージした通りの美しい作品を生み出すことに成功したのです。
黎明期から続いてきたネガを引き伸ばし機にセットして印画紙にプリントするという方式は、確かに一点物としての作品の価値はあるでしょう。しかし、細部のディティールを出すには無理があると言わざるを得ません。白い雪のようなハイライト中心の作品は、やはりデジタルの力を借りて作り込んでいく方が適しているのです。
【次号に続く】