【連載・写真のひみつ】第35回 「青」について

青の魅力
青には、水色のような薄い青から、群青といわれる濃い青まで、幾重ものバリエーションがあります。青の変化を最も身近に感じることができるのが空です。朝方はうっすらとした青。8時を過ぎると青味が増し、お昼頃には真っ青になります。夕暮れ時はふたたび薄くなりますが、夜の闇が訪れる前に、空が濃紺に染まるブルーモーメントと呼ばれる時間帯が訪れます。

よく晴れた日、空を見上げれば必ず出会うことができる「青」ですが、地上には意外と青が少ないことに驚かされます。青といえば、車、自動販売機、ローソンや青山の看板、道路標識、ビニールシート、遊具くらいでしょうか。

私は数ある色の中で青が一番好きです。青を眺めたり身につけたりしていると、不思議と心が浮き立ってくるのです。そのためシャツや帽子、カメラバッグ、スマホは決まって青系を選び、かつてニューポートブルーという色の車に乗っていたこともありました。

カナダ、プリンスエドワード島のクィーンズ群に、フレンチリバーという小さな漁港があります。この村の風景を特徴づけているのは、海から丘に向かって伸びる細長い入江です。実はこの入江が、私に青の奥ゆかしさを教えてくれました。

入江は、いつ訪れても違う色をしています。長い冬が終わった春先の入江は、たとえ晴れた日でも青くはありません。5月中旬、島に本格的な春がやってくると、入江は徐々に青味を増していきます。特に風のない日は入江が鏡のように凪ぎ、空の色をそのまま映し出すのです。夏の終わりから秋にかけて、入江は群青に染まります。春、夏、秋と、空の青さにそれほど違いはないのに、なぜか入江の青さだけ大きく変化していくのです。

私はフレンチリバーを村一望できる見晴台にやって来ると、まずは入江の青さを理解してから撮影に入ります。入江が薄い色だと優しい作品に、濃い色だとダイナミックな作品を生み出すことができます。私が最も好きなのは、薄い青紫色に染まる6月はじめ頃の入江です。

季節と時間によって表情を変化させるフレンチリバー村の入江。

青い空に白い雲
よく晴れた日に澄み切った青空を眺めていると心まで浮き立ってきます。でもそんなパーフェクトな日から作品を生み出すのは難しい。太陽が天高く上る時間帯、どんな風景を撮っても、パッと見で綺麗な写真、いわゆる「観光写真」になってしまうからです。朝夕の斜光を好んで作品作りを行っている写真家は、お昼前後を休息タイムとし、車の中で休んだり、昼寝をしたりしています。

もちろん私は、日中でも休むことなく撮影を行っています。青い空と白い雲の組み合わせは、時としてベストショットになるからです。

1995年8月に、カナダ、プリンスエドワード島で生み出した「鳳凰の舞い」は、私の代表作になりました。この日、雲一つない快晴の青空の下で風景の撮影を行っていたのです。11時頃、まるで鳳凰のような筋雲が現れました。咄嗟に、島にある何かと重ね合わせて撮ろうと考えます。なぜなら、雲だけだと、どの地で生み出した写真かわからなくなってしまうからです。

6号線を走っているときにふと、「そうだ、この雲をコーブヘッドの灯台と重ね合わせてみよう……」と閃きました。国立公園へ車を進め、海沿いの道を猛スピードで走ります。灯台に辿り着いたとき、雲の成長はピークに達していました。カメラを構え、シャッターを切ります。ベストショットになる予感がしたので、縦位置、横位置と構図を変えて何枚も写真を撮りました。

数分後、雲は形を崩し、青空に溶けてしまいました。以降、この灯台に何度も足を運んでいますが、同じような雲が発生したことは一度もありません。自然風景はまさに一期一会、一瞬を切り取る大切さ教えてもらいました。

コーブヘッドの灯台。灯台へ続く木道には手摺りができ、このアングルで灯台を撮ることはできなくなった。

「鳳凰の舞い」は、写真集『プリンス・エドワード島』で発表すると同時に、作品額としても販売しています。28年経ったいまでも定期的に注文が入る人気作品になりました。

この作品をリビングやオフィスの壁に飾っている人の話を聞くと、雲の形以上に、青い色彩に惹かれていることに気づきました。写真を見ていると勇気がわいてくる、モヤモヤした気分がすっきりする、作品額が異国へ続く窓になり、すぐにでも旅立ちたくなってくる、というような感想をよくいただきます。

一般的に青のイメージは、気持ちを落ち着かせたり、爽やかな気分になったり、集中力を高めたり、涼しさを感じさせる効果があると言われています。まさにこの青い作品は、多くの人が持つ心の隙間にぴったりはまったのかもしれません。

青が青を引き立てる
青が好きなので、普段生活しているときも自然と青い色彩に目がいきます。日常生活の中でよく目にするのが道路の案内標識です。青いプレートに描かれた白い文字はとても目立ち、何より美しく感じます。『Sense of  Japan』をテーマにしていた頃、この案内標識に惹かれ、カメラを向けたことが何度かありました。

地上から、カメラを構えて案内標識をとらえると、背景はちょうど空になります。空の青さが、青い案内標識をより一層引き立てていることにも気づきました。

同じことは飛行機にも言えます。

2020年から、羽田空港を離発着するジャンボジェット機が東京の上空を飛行するようになりました。飛行機好きの私にはこれがたまらない。仕事場でデスクワークをしているときも、ジェット音が聞こえると窓の外に視線を投げ、飛行機を眺めてばかりいます。

ANAの機体には鮮やかなブルーのストライプが描かれています。そんなANA機は、青空の中を飛行しているときが最も美しく感じることに気づきました。逆に、空港の駐機場に停まっているANA機は、それほど目を引きません。背景が滑走路や空港ビルの灰色になるからでしょうか。

仕事場の窓から眺めていたら、機体の「青」の色彩を最も引き立てるのが、快晴の日だというのがわかった。

以前、旅雑誌と契約していたとき、現地で見つけた土産物品を東京のスタジオで撮影する仕事を行っていました。商品の中に、地元のアーティストが作ったブルーのアクセサリーと陶器があったのです。それらを撮るにあたって悩んだのが、バック紙の色です。専門的に行き、黒、グレー、ベージュ、黄色、水色のグラデーションペーパーを買ってきました。そして商品と組み合わせてみたら、最もしっくりきたのが水色だったのです。ブルーのアクセサリーと陶器を引き立てるのは、水色しか考えられませんでした。

「青」というテーマ
私たちが普段何気なく目にしている里山の風景は、山の緑と空の青との組み合わせで出来ています。対照的な色が手を結んでいるにも関わらず、何ら違和感なく里山風景を受け入れてしまうのは、単なる「慣れ」からきているのでしょう。

日本各地を旅しているときに、たまにドキッとする風景と出くわすことがあります。それは、ブルーシートがある風景です。工事現場、災害現場、農地、資材置き場など、様々な場所でブルーシートが使われていますが、突然現れるあの鮮やかなブルーの色彩は、いまだ慣れることがありません。青い部分だけ浮き立っているような気がしてくるのです。

だからこそ、「日本風景×ブルーシート」は、一つの撮影テーマになると考えます。全国にあるブルーシートを撮影し、ベストショットを100点くらいまとめてみれば、素晴らしい「青」の作品集が完成すること間違いなしです。

日本各地を巡っているとき、ブルーシートの「青」と出会うたびにドキッとする。

【次号へ続く】

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