【連載・写真のひみつ】第09回 テーマ「地域」

日本で「地域」をテーマにするとしたら
書店の写真集売り場に行くと、「地域」をテーマにした写真集が多いことに気づきます。その地の季節や時間の変化を丹念に追い掛け、一冊の写真集にまとめています。私も写真家になった頃は、「プリンス・エドワード島」「アトランティック・カナダ」「アナポリス・ヴァレー」「ローレンシャン高原」と、一つの地域に拘って写真集を生み出してきました。

しかし日本で地域をテーマに作品を生み出そうとすると、それはとても難しいことに気づきました。なぜなら、どの地もすでにたくさんの作品集が形になっているからです。例えば私の生まれ故郷信州にしても、おそらく千を超えるプロやアマが信州をテーマに写真を撮り、作品集を形にしてきたでしょう。試しにAmazonで検索してみると、「信州」はもちろんのこと、「安曇野」「上高地」「白馬」「軽井沢」「蓼科」「美ヶ原高原」「木曽路」「御嶽山」「天竜峡」と、地域名がついた作品集は何冊もヒットします。書店に流通していなくても、各地の土産物店に行けば、本やポストカードが山積みになっています。

だとしたら、日本で「地域」をテーマにし、オリジナリティあふれる作品集を形にするにはにどうしたらいいか。ここでは実際に私が行った二つの方法をご紹介したいと思います。

五島列島 上五島」を撮る
五島列島上五島は、「Sense of Japan」の取材で、その後もテレビの番組のロケで訪れ、島の風景や文化にすっかり魅了されてしまいました。

ある年、新上五島町役場のYさんから、観光プロモーションの販促物に使う風景写真を撮影してもらいたい、という仕事の依頼が入りました。季節を変えて年4回島を訪れ、プロの視点で上五島の美しさを切り取ってもらいたいとのこと。

心から惹かれていた島だったので、私は喜んでこの仕事をお受けしました。そしてこの降って湧いたようなチャンスを活かし、「上五島」を一つのテーマとして、自分でも作品集を作ってみようと思ったのです。

まず考えたのは、上五島という「地域」をどのように撮影して作品集としてまとめるか、です。島の魅力を伝える風景写真集はすでに何冊も出版されています。長崎県在住の写真家たちが生み出した作品集をチェックしてみましたが、さすが地元の人だけあって、島の光や色の変化を丹念に掬い取り、とても完成度の高い作品集に仕上げていました。

以前上五島を訪れたとき、島の魅力は歴史や文化にもあるような気がしました。そこで私は、美しい風景だけをテーマにするのはやめることにしたのです。建物、島の人、祭り、料理と、島のありとあらゆるものを撮影し、作品集としてまとめる段階になってテーマを見つけ出すという、今までとは逆のパターンでいくことにしました。

ゴールデンウィーク開け、第一回目の取材を行いました。

まずは上五島の各地を巡り、風景の撮影を行います。日本の市町村は、どの町や村に行っても立派な観光ガイドがあり、そこにはその地を代表する観光スポット、風景や施設などが丁寧に紹介されています。観光案内所で持ち帰ったA4のガイドを見ると、いわゆる「島の見どころ」は簡単に見つけ出すことができました。加えてYさんからも、三王山展望所、ビーチ・ハマンナなど、隠れスポットを幾つか教えてもらいます。よく晴れた日は、どの場所で手応えのある風景作品を簡単に生み出すことができました。

青方港の高台に聳え建つ大曽教会。明治12年に木造教会が建立、現在の煉瓦造りの教会堂は、3年の月日を要して、大正5年に竣工した。

上五島には歴史遺産としても貴重な29の教会があり、信者たちの祈りの場として大切に受け継がれています。教会がある風景は、上五島を写真で語る上でとても重要でした。

教会にカメラを向ける時は、構図とアングルを慎重に検討しました。正面、もしくは斜め横から捉えるだけでは、ありきたりの説明写真になってしまいます。例えば周りに漁港があるしたら、あえて引いた構図にし、可能な限り教会を点景で撮影してみたのです。堂内からお婆さんが出てきた瞬間を狙ってシャッターを切ったり、イエス・キリスト像と空に流れる白い雲を重ね合わせてみたりと、個性ある作品を生み出す努力をしました。(建物の撮り方は、「撮影テクニック編」で詳しく語ります)

神父様から許可をいただき、祭壇やステンドグラスなど、堂内の撮影も行いました。信者たちが集まり賛美と感謝を捧げるミサ(儀式)にもカメラを向けることができました。当時はまだ世界遺産に登録される前だったので、堂内の撮影が可能だったのです。

地元の人たちとの出会いもたくさんありました。例えば漁港でカメラを構えていると、漁から戻った漁師から声を掛けてくることがあります。そんな時は積極的に話をしました。タコ漁を行っている写真、七輪で貝を焼いている写真は、そんなちょっとした交流から生み出されたものです。

加えて、役場のYさんをはじめ、島で仲良くなった人たちに、「島の人たちのポートレートを撮りたいので誰か紹介してください」と声を掛けておきました。携帯電話が鳴ると、私はすぐにその場所に足を運び、写真を撮りました。芋焼酎や塩を作る職人、アクセサリーを生み出すアーティスト、厨房で働くシェフなどは、こうして出会うことができたのです。

上五島でも少子化高齢化が深刻な社会問題になっていました。全生徒6人の太田小学校が来年3月で閉校になるという事実を知り、写真を撮らせてもらうことになりました。朝、元気な挨拶とともに登校する様子、音楽の授業で歌う様子、仲良く給食を食べる様子、体育館で元気に体を動かす様子などを次々と記録していきました。これはスナップ写真というより、ドキュメンタリー写真の要素が強かったと思います。

中通島と若松島を結ぶ全長522mの若松大橋。この龍観山展望所からの眺めが好きで、島にいる時は毎日のように足を運んだ。

1年間に4回行った上五島の取材は無事に終わり、依頼されていた風景写真は無事に納品することができました。そしていよいよ自分の作品集を作る段階になったのです。

風景写真集であれば、春・夏・秋・冬という順番で写真を並べれば簡単に構成が出来てしまいます。でも今回は様々なジャンルの写真があるので、そう簡単にはいきません。どのように素材を料理するか、悩みに悩みました。

可能な限りたくさんの作品を本の中に詰め込みたいという思いがありましたが、それをしてしまうと観る側の視点が散漫となり、作品集がカタログのようになってしまいます。まずは、コンビニエンスストアとか、自家用車とか、ペットの犬やネコなど、あまりにもイメージと掛け離れた写真はすべて落とすことにしました。

写真集の構成で難しいのは、見開き、つまり右ページと左ページの組み合わせです。似たもの同士を並べるのが基本ですが、そこをあえて、マリア像と椿の花、寺と教会というように、異なるジャンルの写真を一緒にしてみたのです。全ページプリントアウトした構成案を見ると、それほど違和感がないことに気づきました。

淡い夕陽につつまれた、青砂ヶ浦天主堂の平和の聖母像。作品集では、津和岬灯台へと続く県道から撮影した夕陽の作品と組み合わせてみた。

人物写真は、最後にモノクロページ作り、そこに集約しました。写っている人の心を伝える写真に、色情報は必要ないと判断したからです。

2016年2月、写真集『KAMI-GOTO 五島列島上五島 静かな祈りの島』が形になりました。私の中では珍しく「地域」をテーマにした写真集だったので、タイトルはストレートに「KAMI-GOTO」とつけました。神言(かみごと)にひっかけたつもりです。

美しい歌声が多くの人を幸せにするように、美しい写真は観る人の心を豊かにしてくれます。よくプロの写真家たちは、美しい風景写真集の中に、人工物や人物などの写真を入れるとイメージが壊れる、作品集が極端に売れなくなる、と言います。私はこのことに関してはまったく気にしていません。上五島への純粋な「想い」が、一冊の作品集へと繋がりました。

2016年2月に出版した写真集『KAMI-GOTO 五島列島上五島 静かな祈りの島』(丸善出版・定価2700円+税)

【次号へ続く】

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