【連載】写真のひみつ 〜プロの心や技法を解き明かす〜

第一線で活躍する写真家吉村和敏の写真教室です。カメラやレンズの選び方、撮影テーマの見つけ方、風景や人物、料理や小物を撮るときのテクニック、そして、世界を巡る旅や生み出した作品集について、今まで「ひみつ」にしてきたすべてを語ります。

第37回 「黄」について

目立つ色

 2008年、ペンタックスがK-mの後継機として出したK-xは、購入時に外装部分の色が指定でき、全部で100通りのカラーバリエーションが用意されていました。私は迷うことなく黄色いボディを選びました。なぜ黄色にしたかというと、他人とは被らないし、何より目立ったからです。

 当時、いま以上にアグレッシブだった私は、派手な黄色いカメラを持って写真を撮ることに全く抵抗感はありませんでした。もし車の買い換え時期と重なっていれば、おそらく黄色い車を選んでいたことでしょう。

グリップの色は迷ったが、緑が黄色と最も合っているような気がした。

 日本の風景の中でも、黄色はたいへんよく目立ちます。注意を促す道路標識は、必ずと言っていいほど黄色いプレートに文字やイラストが描かれています。ありとあらゆる場所に設置されている3色の信号機も、黄色がドライバーの目にストレートに飛び込んでくるようにど真ん中に設置されています。

 存在感を主張することは、それを見る側の心を刺激することにも繋がっています。写真を撮る上で大切なことは、被写体から発せられる無言のメッセージをいかに受けとめられるかです。私は日本を旅しているとき、黄色い何かを見つけたら必ず写真を撮るようにしていました。そしたらいつしか、道路標識、セメント工場、重機、漁船、漁で使う浮子など、黄色い作品が溜まっていったのです。写真集『Sense of Japan』で何か一つの色をテーマにしようと考えたとき、私は迷うことなく黄色を選びました。

 多くの人は、黄色い被写体と出会っても、あえて写真を撮ることはしません。では、それが花だとしたらどうでしょうか。郊外を車で巡っているとき、目の前に広大な黄色い花畑が現れたとします。写真好きな人は「あっ」と心ときめかせ、わざわざ路肩に車を停めてシャッターを切ることでしょう。春に咲くタンポポ、菜の花、福寿草、チューリップ、夏に咲くひまわり、キャノーラは、風景写真の中で常に人気の被写体です。

 黄色い被写体の面白いところは、色彩そのものにインパクトがあるので、ただカメラを向けて写真を撮るだけで、そこそこ目を引く作品を生み出せてしまうことです。たとえば広大なひまわり畑。多少構図が崩れていても、その作品を見る側は、「綺麗ですね」と言うでしょう。また黄色い色彩は、他の色との組み合わせも容易に行えます。ひまわりの花の背後に真っ青な青空を配置したり、赤い車を前に停めて撮影しても全く違和感はありません。試しにひまわりの花を花瓶に入れて室内に飾ってみてください。洋風、和風どちらのインテリアにもマッチするはずです。

 以前、光をテーマにした『LIGHT ON EARTH』という写真集を出版しました。実は79ページにひまわりの花の写真を1点発表しています。ページ構成をしているとき、この作品と組み合わせる写真、つまり対向ページを何にするか迷いました。そこで思い切って、ブラックとシルバーで画面構成された街の光景にしてみたのです。ひまわりという太陽が路面を明るく照らしているように見せることが狙いでした。そう、黄色はこのような大胆な表現も簡単に出来てしまう。これこそがイエローマジックなのかもしれません。

光と色をテーマにした写真集『LIGHT ON EARTH』。Amazon https://amzn.to/2XN0pxk

思い出に残る被写体

 カナダ、プリンスエドワード島で暮らしていたとき、とびきり好きな被写体がありました。それはスクールバスです。スクールバスに心が奪われたのは二つの理由があります。

 一つは、運転席の前にエンジンがある、いわゆる「ボンネットバス」のスタイルをしていたからです。ノスタルジーを感じるこの形は、島の牧歌的な風景の中にスッととけ込み、どの角度から撮影しても絵になりました。

 そして何といってもいいなと思ったのは、黄色いボディカラーです。遠くからでも目を引くし、草原の緑やルピナスの紫の花と一緒に撮ると、まるで童話の世界を描いたような作品が誕生しました。

 ケベック州マドレーヌ島を旅していたとき、ドライバーの自宅の庭に停められたスクールバスに目がとまりました。私は早速写真を撮ります。

 夕暮れ時、同じ場所に足を運んでみました。タイミングよく色鮮やかな夕焼け雲が発生し、日中とはガラリと雰囲気の異なるロマンチックな作品を生み出すことができたのです。私はこのときほど、黄色いスクールバスを意識して写真を撮っていてよかったと思ったことはありません。

ドライバーの自宅の庭に停まっていたスクールバス。

 2007年1月、ニュージーランド南島を巡りました。最初は、緑豊かな牧草地や羊たちの群れに心ときめかせて写真を撮っていたのですが、日を重ねるごとに目新しさがなくなり、なかなかシャッターが押せなくなっていったのです。

 郊外の一本道を走っていたとき、黄色い案内標識が目に飛び込んできました。私は咄嗟に車を停め、カメラを構えます。プレートを引き寄せ、背後に青空と白い雲、遠くに一軒家を配置し、カメラのシャッターを切りました。

 撮影時、それほど手応えはありませんでしたが、帰国後に写真を見たら、この案内標識の作品がひときわ異彩を放っていることに気づきました。

 数ヶ月後、某カメラ会社から、レンズカタログ用に海外の風景作品を何点か送って欲しいという依頼が入りました。私はニュージーランドで生み出した50点あまりの作品を渡したのですが、唯一カタログに採用されたのが、この案内標識の作品だったのです。

 なぜこの作品が選ばれたのかはわかりません。もしかしたらカタログ製作者は、黄色い道路標識に何かを感じ取ったのかもしれません。

青空が、黄色い案内標識を引き立てている。

黄色の価値

 以前、Amazonプライムビデオで何か映画を観ようとしていたとき、ベトナム映画の『草原に黄色い花を見つける』という作品に心が奪われました。「黄色」という言葉が琴線に触れたのです。

 1980年代後半、ベトナム中南部の貧しい村に生きる兄弟と幼馴染みの少女との淡い初恋を描いた作品です。思春期の悩みや嫉妬、別れの痛みが丁寧に描かれており、私は視聴している途中、懐かしさや切なさばかりを感じていました。しかし何と言っても、かつての日本の原風景を彷彿とさせる、フーイエン省の緑豊かな自然、素朴な農村の雰囲気に魅了されてしまいました。

 後半、タイトルで謳われている「黄色い花」が登場します。地面に散りばめられた花、手からこぼれ落ちる一輪の花……。スローモーションで捉えられた映像はとても美しく、監督が拘りを持って黄色い花を映像化していることがよく伝わってきました。作品を見終わった後、私の心の中には、ストーリー以上に黄色が余韻として残り続けたのです。

 私はこの作品を通して、黄色い色彩は、物語の軸となる力さえも持つことを初めて知りました。また、作品を引き立てるスパイスにもなり得るのです。

 写真集を制作するとき、作品選びや構成でいつも頭を悩ませます。淡いトーン、もしくはシックなトーンで統一している中に、黄色のような派手な作品を入れることは躊躇ってしまいますが、もっと大胆に「冒険」をしてもいいのではないか……。私はそんなことをぼんやりと考えたりもしました。

 撮影の旅では、「黄色なんかには興味がない」と言って心にブレーキをかけるのではなく、黄色を見つけたら必ず写真を撮る、という姿勢こそが大切です。

【次号に続く】