【連載】写真のひみつ 〜プロの心や技法を解き明かす〜

第一線で活躍する写真家吉村和敏の写真教室です。カメラやレンズの選び方、撮影テーマの見つけ方、風景や人物、料理や小物を撮るときのテクニック、そして、世界を巡る旅や生み出した作品集について、今まで「ひみつ」にしてきたすべてを語ります。

第28回 霧

霧の魅力

 私が最も興奮する自然現象の一つに「霧」や「靄」があります。どちらも地表付近に発生した雲で、空中に浮かんだ無数の微少な水滴からなっています。微少水滴は光を散乱し吸収するので、霧の中では見通しが悪くなります。気象学では、視程1km以下が霧で、1km以上を靄と呼んでいるようです。

 霧にカメラを向けると、ベストショットが生まれる確率が高くなります。写真集『ローレンシャンの秋』『PASTORAL』『MORNING LIGHT』、そしてフォトエッセイ集の『朝の光とともに、世界を巡る旅がはじまる』の表紙には、霧をテーマにした作品が使われました。

 季節に関係なく、霧はよく晴れた早朝に発生することがあります。朝起きてあたり一面濃い霧に包まれていると、私は勇んで車を郊外へと進めます。ロケハンのときに見つけた絶景の前で待機し、霧が晴れていくのを辛抱強く待つのです。

 太陽の高度が増すにつれ、霧は激しく動きながら大気中に溶けていきます。地上の風景がうっすらと見えはじめてきた頃がシャッターチャンス。写真を撮りながら、私の興奮は最高潮に達します。

 目の前の霧が完全に姿を消しても、まだ終わりではありません。車を走らせ、まだ霧が残っている場所へと向かうのです。そして再び霧の中に入ったら、晴れていく頃合いを見計らって写真を撮る。その繰り返し。

 プリンスエドワード島の郊外にある素朴な小径が霧に覆われている作品は、ハンターリバー村で霧の撮影を終え、次の村へ向かっている途中に出会いました。1時間前にこの風景の前を通過したときは、濃い霧のため小径は見ることは出来なかったのです。

〈あの霧のむこうには、どんな風景が広がっているのだろう……〉

 カメラのシャッターを切りながらそんなことを考えていた私は、撮影後、霧の中に車を進めて行きました。

紅葉がピークを迎えたカナダ、プリンスエドワード島。この場所はよく霧が発生する。赤い小径の先には入り江がある。

夜の霧

 山の上など標高の高い場所では、季節や時間、温度や湿度に関係なく濃い霧が発生することがあります。霧というより、雲の中にスッポリと入り込んでしまったと言った方が正しいかもしれません。

 高校時代、初めて手にした自分のカメラで毎日のように写真を撮っていました。田園風景や同級生のスナップが主な撮影テーマでしたが、撮影会や写真教室があると積極的に参加しました。

 ある日、松本で開催されるオリンパス主催の自然写真セミナーを知りました。講師は何と写真家の木原和人氏です。草花や昆虫をテーマにした美しく詩的な作品が好きで、普段から写真雑誌の口絵や、学校の図書館にあった写真集を食い入るように見ていたのです。

 セミナー当日、オリンパスの営業所が入っているビルの会議室には、地元で暮らすアマチュアカメラマンが20人ほど集まりました。まずはスライドを交えた木原氏のトークに耳を傾けます。憧れていた写真家がすぐに目の前で作品を解説し、撮影時の想いやテクニックを語っている。高校生の私は、まさに天にも昇る最高の気分でした。

 午後は実践です。貸し切りバスに乗って、みんなで美ヶ原高原へと向かいました。

 浅間温泉を過ぎ、しばらく山道を走ると、突然濃い霧が発生し、あたり一面真っ白な世界になりました。すると木原氏が、ドライバーにバスを停める指示を出したのです。全員がバスから降り、撮影会がはじまります。最初、なぜ見晴らしの悪いところで停車したのか不思議に思っていましたが、写真を撮っていたらだんだんとその理由がわかってきました。確かに霧に抱かれた樹木や草花は、しっとりと落ち着いて見えるのです。マクロレンズを装着したカメラで野草をとらえたら、背景は均一に美しくボケました。

 木原先生は、写真を撮るアマチュア一人一人を巡り、丁寧に撮影指導をしてくれます。私は、マクロレンズで花を接写するとき、花びらのどこにピントを合わせるのが一番いいかを教えてもらいました。

 バスでの移動中、先生はキャンプ生活の裏話を語ってくれました。その中でこんな話が出ました。

「山の中でキャンプをしているとき、今日のような濃い霧が発生すると、夜は真っ暗闇になります。ヘッドライトを付けても、自分の手足が見えないくらいの漆黒の闇です」

 その言葉を聞いたとき、自然は実にミステリアスであることを知りました。そしていつの日か、濃い霧の中で本当の夜の暗さを体験してみたいと思ったのです。

 40年以上の月日が流れ、セミナーで学んだ撮影テクニックはすべて忘れてしまいましたが、木原先生がポツリと言った「霧のひみつ」は今でも心の中に残っています。

カナダ、ローレンシャン高原。真っ白な霧の中で待機する。8時頃、霧が流れ、秋色に染まる森が姿を現した。

霧に惹かれる理由

 霧が発生すると風景が魅力的に見えてくるのには、幾つかの理由が考えられます。

 まずは霧が白いからです。白は他の色を邪魔することなく、逆に、白が加わることによって他の色を際立たせてくれるのです。樹木の濃い緑、湖や川の青さ、朝日や夕陽の赤やオレンジを白い霧と重ね合わせたとしても、被写体の存在感が薄れてしまうようなことはありません。

 霧に覆われると視界が悪くなり、風景が霞んで見えることも魅力の一つでしょう。素朴な里山に、観光客が乗ってきたモダンな車が何台か停まっていたとします。霧によってそれらの車は曖昧になり、近くにある田園や樹木に目がいくようになります。カナダの片田舎で、草原の中にポツンと納屋が建っていました。老朽化で壁がボロボロだったので写真を撮ろうとは思いませんでしたが、霧の中で目にする古びた納屋は実に魅力的に見えました。

 霧は、眩しい太陽光を放射状に拡散してくれます。朝日はまさに光の矢となり、地上へと降り注いでくるのです。霧の中を歩き、そんな神々しい光と出会うと、あまりの感動で一瞬シャツターを切るのを忘れることがあります。写真集『あさ/朝』の15ページの作品、『ローレンシャンの秋』の51ページの作品は、実は写真を撮る前に、光の美しさにしばらく見とれていました。

農場の片隅で、農夫しか知らない眩しい朝日を見ることができた。

 辺り一面に漂う霧と出会うと、私は「神秘」という言葉を意識します。目の前にある美しい風景が、人間の知恵では計り知れない不思議な力によって生み出され、この地球上に存在しているような気がしてくるのです。同時に、「物語」も浮かんできます。例えば霧の中に一軒の空き家があるとしたら、今までその家で暮らした家族のストーリーを勝手に思い浮かべ、空き家になって放置された理由を勝手に想像します。

 霧の風景を撮影するときは、極端に露出を変えたり、カラーフィルターを使ったりするなどの小細工は必要ないでしょう。霧そのものが十分に魅力的なので、ストレートに目の前にある被写体を撮るだけで納得のいく作品が生み出せるのです。

【次号に続く】