【連載】写真のひみつ 〜プロの心や技法を解き明かす〜

第一線で活躍する写真家吉村和敏の写真教室です。カメラやレンズの選び方、撮影テーマの見つけ方、風景や人物、料理や小物を撮るときのテクニック、そして、世界を巡る旅や生み出した作品集について、今まで「ひみつ」にしてきたすべてを語ります。

第17回 お勧めのカメラバッグ

ショルダーバッグからウエストバッグへ

 この30年でいくつものカメラバッグを所有してきました。新しい機材が増えるたびにカメラバッグを購入し、フィールドでの撮影時はもちろんのこと、自宅ではカメラやレンズの保管場所としても使っています。

 カナダを追い掛けていた20代の頃は、ショルダータイプのカメラバッグを選んでいました。バッグの中には常に10〜15kgもの機材を入れ、各州の移動を繰り返し、写真を撮っていたのです。しかし、30代中頃に行った健康診断で、医師からこんな指摘をされました。
「吉村さん、背骨がかなり曲がっていますよ」
「えっ」と驚いた私は、レントゲン写真見てびっくりしました。確かに自分の背骨が、見事なS字カーブを描いていたからです。
 焦った私は先生に尋ねてみました。
「これから先、注意して重いカメラバッグを持たないようにすれば、背骨は真っ直ぐに戻るでしょうか?」
「若い頃ならまだしも、もう吉村さんの年齢では無理ですね」
 この日から、もう金輪際ショルダータイプのカメラバッグは使わないことに決めたのです。

 その頃、「ヨーロッパの最も美しい村」をテーマに旅するようになっていました。村から村への移動はレンタカーですが、村内は歩いて巡ります。可能な限り機材は軽くしたい、両手を自由にさせたいと思い、何かいい方法がないだろうかと真剣に検討をはじめました。ある日、すべてのカメラとレンズを腰に固定してみよう、と閃いたのです。

 カメラ量販店のバッグコーナーでウエストバッグを探してみると、アメリカのカメラバッグメーカー、シンクタンクフォト(think TANK photo)から、スピードレーサーという大型のウエストバッグが出ていました。最初、こんなにも大きなバックを腰に取り付けてずれ落ちたりしないのだろうかと不安になりました。でも実際に装着してみたら、太めのベルトがしっかりと腰と尻の部分を包み込み、バッグは骨盤の位置にとどまったのです。斜めがけのストラップがあるので、落下の心配もいりません。
〈実によく考えられているウエストバッグではないか……〉
 感動した私は、価格も手頃だったことから、すぐに購入しました。

 まずはイタリアの村巡りでスピードレーサーを使ってみました。そのときの機材は、中判カメラ1台とレンズ3本、35㎜カメラとレンズ1本、そしてメモリーカード、サブバッテリー、フィルター、レリーズ、携帯電話です。カメラバッグの中は、中判カメラと3本のレンズ、あとは小物しか入りませんでしたが、特に問題はありませんでした。なぜなら、レンズ付きの35mmカメラは常に首からぶら下げていたので、バッグに収納する必要がなかったからです。撮影禁止の美術館や博物館に入場するときはカメラを必ずバッグの中に入れなければなりませんが、中判カメラの上に強引に押し込めば、どうにか蓋が閉まりました。

 約2週間、私は毎日このカメラバッグと共に過ごしました。ときめく被写体を見つけたら、35mmカメラをサッと構え、シャッターを切る。写真集の見開きで使えそうな景観と出会ったら、バッグの中から中判カメラを取り出し、三脚に固定して写真を撮る。すべての機材が手元にあるので、特にレンズ交換がスムーズにいきます。帰国する頃には、やはりウエストバッグにしてよかったと、自分の考えが正しかったことを知りました。

 実はウエストバッグにはもう一つの利点がありました。それは、バッグが腰の部分に密着されているので、スリや引ったくりの被害に遭いにくくなることです。彼らは背後からそっと近づき、旅人のバッグをサッと奪っていきます。バッグはバケツリレーのような感じで仲間に渡されてしまうので、たとえ追い掛けたとしても取り戻すことができません。つまりカメラバッグをがっちりと体に固定していれば、「アイツのバッグは捕れないな。やめておこう」となるのです。

 その後行った8回のイタリア取材、ベルギーやスペインの複数回の取材でも、スピードレーサーを使いました。いつしか私にとって、ヨーロッパの村巡りでは欠かせない相棒になっていったのです。このバッグが壊れて使えなくなったら、また同じバッグを買おう、と考えていたのですが、残念なことに、シンクタンクフォトはスピードレーサーの製造をやめてしまいました。一つのモデルを長く売るアメリカメーカーにしては実に珍しいこと。よっぽど人気がなかったのでしょう。

 今、スピードレーサーに換わるウエストバックを探しています。同じくシンクタンクフォトから、腰に固定することができるモジュラーベルトが出ていました。そのベルトに、デジタルホルスターやレンズチェンジャーなどの小型バッグを取り付け、スピードレーサーのようなスタイルを形にできないかと、あれこれテストを繰り返しているのです。

シンクタンクフォトのスピードレーサー。「ヨーロッパの最も美しい村」の旅で大活躍した。10年以上使っているが、不思議と壊れない。

リュックタイプのカメラバッグ

 今、カメラバッグの中で最も人気のあるのはリュックタイプです。多くのプロやアマが使っており、カメラバッグのスタンダードと言ってもいいでしょう。もちろん私も、リュックタイプのカメラバッグは持っています。腰に取り付けることができるスピードレーサーは「ヨーロッパの最も美しい村」巡りのときだけ。基本、飛行機で海外へ移動する際はリュックタイプのカメラバッグだし、また撮影時も、そのままフィールドに持ち出して使うこともあります。

 リュックタイプのカメラバッグは、たくさんの機材を持ち運べ、腰や肩への負担が小さくなるというメリットがあります。両肩に均等に力が加わるので、背骨がS字に曲がってしまう心配もいりません。唯一の欠点は、写真を撮るときにすぐに対応できないこと。被写体を見つけると、一度バッグを地面に置いて、カメラを取り出します。レンズやメモリーカード、バッテリー交換をするときも同じです。その手間が原因で、シャッターチャンスを逃してしまうことがよくあります。

 最初、リュックタイプのカメラバッグを買おうとカメラ量販店に行ったら、複数のメーカーから、100種を超えるバッグが出ていることに驚きました。最初「この中からどれを選べばいいんだ!」と叫びたくなりました。そして、デザイン、重さ、使い勝手の良さなどを考慮し、ある日本メーカーのバッグを買ったのです。

 しかし2回目の海外取材の途中、ショルダーベルトの付け根部分の糸がほつれてきました。保証期間内だったので帰国後に無料で直してもらいましたが、その後に買った国産の別メーカーのリュックタイプのカメラバッグも、不具合ばかりが目立ちました。

 ちょうどその頃、スピードレーサーの機動性と耐久性のよさに感動していた私は、リュックタイプもシンクタンクフォトにしてみようと考えはじめたのです。

 当時、シンクタンクフォトからは、3つのリュックタイプのカメラバッグが発売されていました。小型のエアポートエッセンシャルズ、中型のエアポートコミュ−ター、大型のエアポートアクセレレーターです。私の旅のスタイルや使う機材の量から考えると、エアポートコミューターが最も適していることがわかりました。早速購入します。

 まずはカナダに持っていきましたが、このバッグは18kgもの機材を詰め込んでもびくともしませんでした。ソロモン諸島のジャングルという過酷なフィールドでも使ってみましたが、表面が破れたり、肩紐が外れたりするようなことはありませんでした。やがて私はこう考えるようになっていったのです。「プロが使うカメラバッグはシンクタンクフォトに限るな」と。

 ある年、エアポートコミューターより少し小さめのリュックタイプのカメラバッグの必要性を感じていた私は、グラスリモを買いました。このバッグは、600mmなどの超望遠レンズを収納できるので、主にスポーツや野生動物を撮影するカメラマンが好んで使っています。しかし、カメラ1台、レンズ2〜3本の風景写真にも使えるだろうと考えたのです。何よりこのバッグの「縦に細長い」スタイルが気に入りました。2〜3日の撮影旅が実に快適になり、近頃はYouTube用の動画撮影でも使っています。

右が10年以上も前に買ったエアポートコミューター。年に5〜6回海外取材を行っているが、壊れた箇所はどこもなし。左が2019年に購入したグラスリモ。フロントと両サイドに小型バッグを取り付けている。

プロは耐久性で選ぶ

 仕事場には、30年間で使ったカメラバッグが山積みになっています。様々なメーカーの製品を使って導き出された結論は、「カメラバックは耐久性が重要である」ということです。石のように重い機材を入れ、世界各国、国内各地を飛び回る。撮影時、バッグを何度も地面に無造作に置き、時に放り投げるようにして車の荷台に乗せる。ファスナーは何百回、何千回と開け閉めをする。サイドポケットに形状の違うペットボトルを入れる。カメラバッグが雨に濡れれば、家に戻ってからハイターをぶっかけて水とタワシでゴシゴシ丸洗いする。そんな「粗い」使い方をしても、壊れず、へたらないバッグ──。シンクタンクフォトのカメラバッグは、私のすべての要求に応えてくれたのです。

 シンクタンクフォトは、2005年1月、アメリカで誕生したカメラバッグメーカーです。大手カメラバックメーカーで長年商品の開発やデザインを手掛けてきたプロダクトデザイナーのダグ・マードックとマイク・スターム、ドキュメンタリーや広告の分野で活躍する写真家ディアン・フィッツモーリス、サンフランシスコクロニクル新聞の報道写真家カート・ロジャースの4人がタックを組み、「プロの使用に耐えるカメラバッグ」を目標に商品開発がスタートしたのです。

 デザイナーが練り上げて生み出した製品を、写真家が過酷な撮影現場で使い、改良点を指摘する。また、「こんなバッグが欲しい」「こんな機能があったら」という写真家のアイディアを、デザイナーは次々と形にしていく。頑丈なカメラバッグにするために、縫製技術を研究し、素材選びを慎重に行い、すべての製品を一つの妥協点もない究極の仕上がりで世に送り出していく──。「平均的な製品と優れた製品の違いは、余分な3%を加えること」と社長のダグ・マードック氏は言います。

 私は、シンクタンクフォトのカメラバッグが日本に入りはじめた頃に、カメラ量販店でウエストバッグのスピードレーサーと出会いました。ちょうどその頃、「カメラを腰に固定したい」と考えていた時期だったので、そんな一写真家の拘りがあるバッグが実際に商品化されていたことに驚いたものです。その後、リュックタイプのカメラバッグもシンクタンクフォトを選ぶようになりました。そして今日まで、15を越えるシンクタンクフォトの製品を使っています。

 シンクタンクフォトのカメラバッグを使っていると、「なぜ糸がほつれないのか」「なぜ型崩れしないのか」「なぜジッパーが壊れないのか」と、いくつもの「なぜ」があることに驚かされます。そして、なぜ日本メーカーからは、このようなプロの要求を満たすことができるカメラバッグが生み出されてこないのか、と考えたりもします。日本製のカメラバッグは、軽くて、コンパクトで、デザイン性に優れ、なおかつコスパがいい。量販店のカメラバッグ売り場では目を引くので、ついつい財布の紐を解いてしまいます。でも実際に使ってみると、それほど使い勝手がいいわけでもなく、半年くらいでどこかしらが壊れてきます。アマチュア用として、月に1回くらいの使用ならそんなカメラバッグでも問題ないでしょう。しかしプロのように、毎日写真を撮っている人からしてみたら、数回使っただけで問題が発生するようなカメラバッグでは困るのです。

 もしかしたら日本メーカーのカメラバッグ開発者やデザイナーたちは、企業の一社員であるが故に、常に限界を感じながら製品を生み出しているのかもしれません。最高級の繊維やジッパーを使いたくても会社側からOKがもらえない。すべてを国内生産にしたいのに、会社側は人件費や原材料の安い国に製造を依頼し、コストダウンの事ばかりを考えている。例えば日本が誇るYKKのジッパーにしても、高品質なYKK RC FUSEジッパーが採用されているのは海外メーカーのカメラバッグばかり。国産に使われているのを見たことがありません。

 また、これはカメラバッグに限ったことではありませんが、多くのメーカーは、実際に現場で使う人たちの意見、つまり写真関連だったら写真家たちの考えを積極的に聞くようなことはしていません。開発者やデザイナーの拘りが詰まった密室での製品開発も確かに大切なことでしょう。しかし、第三者の意見も掬い取るようにしていけば、よりよい製品が生まれるのに……、と思うのは私だけではないはずです。シンクタンクフォトの製品がずば抜けて優れているのは、数多くの写真家たちの「心」が製品に活かされているからです。だからこそ、世界中のプロから愛されるカメラバッグが誕生するのでしょう。

 今回は、私が使っているカメラバッグについて書いてみました。もちろん私のチョイスはあくまで一例です。カメラバッグは、写真ライフの中で大きな位置を占めるものです。皆さんは自分の考えで、本当に使いやすく、気に入ったカメラバッグを選んでみてください。女性なら、使い勝手よりもデザイン優先でバッグ選びをしてもいいと思います。今の時代、色や素材、形に拘った洒落たカメラバッグがいくらでもあります。カメラと同じで、自分のお気に入りを使うこと。それが写真を撮る喜びに繋がっていくのです。

【次号に続く】

4×5や8×10の大型カメラは、ラムダ(日本製)のカメラバッグを使っている。1点1点職人が手作りで生み出していくラムダのバッグは大変丈夫だ。