【連載】写真のひみつ 〜プロの心や技法を解き明かす〜

第一線で活躍する写真家吉村和敏の写真教室です。カメラやレンズの選び方、撮影テーマの見つけ方、風景や人物、料理や小物を撮るときのテクニック、そして、世界を巡る旅や生み出した作品集について、今まで「ひみつ」にしてきたすべてを語ります。

第36回 「赤」について

意外に少ない赤をテーマにした作品

 写真をはじめてから生み出した作品は1億カットを超えているでしょう。フィルムはスリーブとマウントの状態で大型のキャビネットに、デジタルは撮影日ごとのフォルダに分けてハードディスクに保存しています。

 海外や国内の風景をはじめ、ポートレートやスナップなどの人物、建築やインテリア、動物や植物など様々なジャンルの作品がありますが、自分がどんな被写体にカメラを向けてきたかは、だいたい頭の中に入っています。

 もちろん色別でも、作品を探し出すことが出来ます。20年程前、「青」「緑」「黄」「赤」といった色の作品を集めて一冊の写真集にする「カラーブック」というのが流行ったことがあります。そのとき、編集部から各色の作品の問い合わせがよくありました。

 どの色も平均して作品を持っていたのでが、その中で最も少ないのが「赤」でした。32年間の写真人生の中で行ったすべての旅を振り返ってみても、赤をテーマにした作品は100枚もなかったのです。

 カナダ、ローレンシャン高原の秋を追い掛けていた頃は、たくさんの紅葉の作品を生み出しました。しかし厳密に言うと、カナダの紅葉は、赤というよりオレンジや黄色です。真っ赤な紅葉となると、アップで捉えたカエデの葉やナナカマドの実くらいでしょうか。

 赤い作品をもっと増やそうと思い、旅をしているときに、赤いロンドンバスやスーパーカー、民家や店舗と出会うと、必ず写真を撮るようにしていました。それでも、なかなか赤い作品は増えていきません。赤は他の色彩に比べ、出会う確率が圧倒的に低かったからです。

ルーネンバーグには、鮮やかなな色でペインとされた民家が多い。訪れる度に、家を一軒一軒撮影した。

外国人が考える日本のイメージ色は「赤」

 プリンスエドワード島で暮らしはじめたとき、移民の人たちが英語を学ぶ語学教室に通ったことがあります。ボリビア、エルサルバドルなど中南米からカナダに移住した人がほとんどでしたが、中には中国、カンボジア、インド出身者もいました。

 ある日、パトリシア先生から、生徒たちの出身国のイメージを英語でリストアップしてみよう、という課題が出されました。ホワイトボードに私の母国「JAPAN」と国名が書き出されると、皆思い思いに発言していきます。「よく働く国民」「トヨタ、ホンダ」「満員電車」「マウントフジ」「パールハーバー」「スシ」「芸者」と、次々と日本をイメージする言葉が出ていきましたが、その中に「レッド(赤)」というのがありました。

〈えっ、日本のイメージは赤?〉

 日本人の私は違和感を覚えつつも、その場では肯定も否定もしませんでした。しかし後日、モンクトンの大型書店でこんな発見をしたのです。

 トラベルコーナーには、日本を紹介する旅行ガイドブックや日本の風景を捉えた写真集が何冊か平積みされていました。それらの表紙を目にしたとき、随分と赤っぽいことに気づいたのです。その理由は、どの本の表紙にも、伏見稲荷神社や宮島の鳥居の写真が使われていたからでした。

 私は語学教室での出来事を思い出し、外国人が感じている「日本=赤」というイメージは、こんなところから来ているのかもしれない……と思ったものです。

 東京に拠点を移した私は、日本各地を旅し、風景を撮影するようになりました。そのとき、二十代の頃、カナダで暮らしているときに知った「赤」のイメージを意識して探してみることにしたのです。しかし、赤い被写体となると、ポストや消防車、公園の遊具くらいしか見つけ出すことが出来ません。各地に点在する神社の鳥居は無塗装ばかりで、赤い鳥居はどこにもありませんでした。

〈何だ、日本には赤い色なんかほとんど存在しないではないか……〉

 転機が訪れたのが、2013年の冬に行った北陸・東北・北海道を巡る旅です。新潟県岩船郡関川村の国道113号線を走っていた私は、ハッとする「赤」と出会いました。それは、荒川に架かる鉄橋です。真っ赤にペイントされた鉄骨で組まれた立派な鉄橋が、山里に鎮座していました。

 私は、この国では珍しい赤い被写体に興奮しました。その場で30分ほど粘り、たくさんの写真を撮ったのです。

この鉄橋との出会いは衝撃的だった。私は何度も往復し、撮影を行った。

 その冬の旅では、面白いことに赤い被写体が次々と見つかりました。真っ赤な屋根を持つ民家、鉄塔、消火栓、酒屋の看板、ジャングルジム……。また北国には、赤い鳥居を持つ神社がたくさんありました。

 興奮しながらシャッターを切っていたとき、「赤」という色彩は、日本の詫び寂びの風景にとてもよく似合っていることに気づきました。雪景色、深緑の森、青空と重ね合わせても、赤い被写体だけが浮いている感じはまったくしないのです。まさに昔からそこにある色彩世界でした。

 中でも素敵だったのは、やはり赤い鳥居です。離れた場所からでも、神社の場所がわかります。またポツンと佇む赤い鳥居が、素朴な村をとても魅力的に見せていたのです。女性の胸元でさり気なく輝くアクセサリーのような感じでした。

 なぜ鳥居はこんなにも鮮烈な色をしているのでしょうか。調べてみたら、鮮やかな朱色には、破邪の意味が込められていることがわかりました。古代では、鉱山などから産出する水銀から朱の染料を抽出し、防腐剤や医薬品として使っていたといいます。いつしか、朱は魔除けの色と考えるようになり、神社の鳥居に塗られるようになっていきました。また、朱は太陽や血の色でもあり、生命力や力強さ、神々しさも表しているのです。(参考文献『日本人が知らない神社の秘密』火田博文著)

 風景写真の中で「赤」と言えば、花、紅葉、夕焼けが代表格です。でも私は、北陸、東北、北海道の旅で、鉄橋や鳥居の「赤」と出会うことにより、日本風景のまた一つ別の魅力に気づくことが出来ました。そして今も、自然界が見せてくれる「赤」よりも、人工物による「赤」の方に魅力を感じています。

 そして何より、日本風景と赤い色との組み合わせの素晴らしさを気づかせてくれた外国人たちに感謝しています。

北海道名寄市で見つけた被写体。雪の中に佇む鮮烈な朱色は、しばらく脳裏から離れなかった。

【次号へ続く】