第5回 テーマ「雪」

冬の旅で出会った「積雪」

 真冬の1月、新潟県湯沢町を旅していたとき、とてつもない風景を目の当たりにしました。大雪です。3メートル以上も降り積もった雪が、民家や車をすっぽりと飲み込んでいたのです。

 私が生まれ育った信州松本でも、冬になると雪が降ります。しかし積もったとしてもせいぜい30センチ程度、2〜3日で溶けてしまいます。父の出身が豪雪地帯、新潟県髙田でした。冬は民家の2階のドアから出入りすることもある、という話は聞いて知っていたのですが、まさか実際に降る雪がこれほどまでに凄い量だとはこれっぽっちも想像していなかったのです。

 大雪を見てまず考えたのは、これは日本が世界に誇る絶景ではないだろうか……ということです。カナダや北欧など緯度の高い地方では冬になると毎日のように雪が降ります。しかし気温の低さからパウダースノーとなり、吹き溜まりのような場所には何メートルも雪が積もりますが、風が吹き抜ける場所にはまったくと言っていいほど雪がないのです。湿り気を帯びた雪が辺り一面こんもりと降り積もる風景は、間違いなく日本だけのオリジナルでした。

雪の山となった堤防。村人たちが集めてきた雪を川に落とすたび、雪原に繊細な模様が描かれていく。この「白い美」を表現するには、モノクロしか考えられなかった。

 私はすぐにこの「積雪」をテーマしようと思い立ちました。作品を生み出す以上に、この珍しい冬の風景を世界中の人々に紹介したい、という想いの方が強かったと思います。

 長野県栄村から撮影をスタートさせました。

 カメラを担いで村内を歩いているとき、あることに気づきました。それは、たとえ激しく雪が降っていても、人々の暮らしは普通に営まれているということです。商店はすべて営業しているし、県道の工事現場では作業員たちが働いていました。森宮野原駅に行ってみると、電車は定刻通りに到着し、学生たちが続々と下り、待機していたバスに乗り込んでいきます。雪など全く気にしていない姿が随分と新鮮でした。

定刻通りに来たバスに次々と乗り込んでいく学生たち。駅前広場には「日本最高積雪地点 7.85メートル 昭和20年2月12日」と書かれた木碑があった。

 信号機を縦に設置するなど、村内のいたる所に雪国ならではの工夫が活かされていました。最も感動したのは、道の中央付近からスプリンクラーのようにチョロチョロと水が吹き出していることです。道行くおじさんに尋ねてみたら、これは「消雪パイプ」と呼ばれるもので、温かな地下水をポンプでくみ上げ、雪を溶かしているとのことでした。

「誰がスイッチを入れているのですか?」
「自動だよ。あの電柱の横にあるのが雪を感知するセンサーだ」

 翌日は快晴です。村人たちは朝から家の屋根に登り、雪下ろしをはじめていました。雪をスノーダンプで四角くカットし、次々と地面に落としていきます。巨大な彫刻を生み出す職人のような手さばきに感動し、眺めていて飽きませんでした。

この日、ほぼすべての家屋で雪下ろしが行われていた。雪が落ちるドサッ、ドサッという音を聞きながら、村内の撮影を行った。

 新潟、福島、山形、秋田、青森……天気予報で大雪の情報を知ると決まって雪国へと旅立ち、写真撮影を行うようになりました。選んだ機材は、大型カメラの8×10、フィルムはモノクロです。繊細な雪の姿形、シルクのような雪のグラデーションを忠実に写真で伝えるには、色情報がないモノクロが最適と思ったからです。

 2013年、写真集『SEKISETZ(積雪)』を出版しました。雪国の何気ない生活風景をストーレートに切り取った自信作でしたが、雪原や樹氷などをテーマにした「美しい自然風景」とは掛け離れていたため、多くの日本人の心には響かなかったようです。私が生み出してきた作品集の中で「最も売れなかった本」となり、大量に在庫を残す結果となりました。しかし、雪国の旅と大型カメラでの撮影はとても楽しく、たくさんの学びもあったので、本を作ってよかったと思っています。

2013年に出版した『積雪』。雪と、人の暮らしの気配がある人工物を重ね合わせて撮るからこそ、日本の雪国だけが持つ独特の世界観が一枚の作品に宿ると思った。

「雪の色」という冬の美しさを知った

 積雪をテーマに旅している時に、実はもう一つ撮影テーマを発見していました。

「雪の色」です。

 日本の田舎は、道路標識からはじまり、店の看板、のぼり旗、自動販売機、ビールケース、郵便ポスト、バス停など、たくさんのカラフルな色であふれています。春、夏、秋の植物の緑が多い季節は、それらの色はそれほど目につきません。しかし、冬になりすべてが真っ白な雪に覆われてしまうと、突然その色たちが存在感を主張しはじめるのです。たとえば果樹園の空き地に置かれた黄色いプラスチックケースにしても、真っ白なパレットにカラフルな絵の具を流し込んだようなドキッとする華やかさがありました。

 最初、雪の中からチョコンと顔を出す「色」に何気なくカメラを向けていたのですが、「これはテーマになる」と気づいてから、感性を研ぎ澄ませ、真剣に追い求めるようになりました。

緑が輝く季節には、鉄橋の赤を意識することはない。雪が降ると突然存在感を増す鉄橋。
長年一つのテーマとして撮影している自動販売機。村の中ではこの場所だけ色彩に溢れていた。

 撮影を進めていく過程である面白いことに気づきました。

 それは、すべての色が、雪や曇りの天気の悪い日により美しく見えることです。逆に晴れた日は、太陽と雪の眩しさ、空の青さに個々の色が打ち消されてしまい、対象物が存在感を主張してくることはありませんでした。

〈雪国で、雪や曇りのときだけに現れる不思議な色彩世界……〉

バス表面の赤さびは、曇りの日が一番鮮やかに見える。光と色のトリックを知れば知るほど、日本の風景がたまらなく好きになっていく。

 100点以上の作品がたまったのを機に、思い切って『雪の色 Colors in Snow』という写真集を作ってみました。インパクトがあるタイトルにしたのは、「雪は白なのに、色とはどういうこと?」と、一般の人に興味を抱かせたかったからです。

 写真集のページを捲っていくと、どの作品も色彩が際立ち、対象物の形がくっきりと見えることに気づくと思います。その理由は、ほぼすべての作品を、コントラストが弱まる「雪」と「曇り」の日に捉えているからです。

 この写真集も多くの方からスルーされてしまいましたが、私自身、日本の冬の美を伝える究極に美しい写真集を生み出せたことに満足しています。

2015年に出版した『雪の色』。山形県東根市でこの被写体と出会った時、激しくときめきながら写真を撮った。同時に、写真集の表紙になることを確信した。

【次回に続く】