【連載】写真のひみつ 〜プロの心や技法を解き明かす〜

第一線で活躍する写真家吉村和敏の写真教室です。カメラやレンズの選び方、撮影テーマの見つけ方、風景や人物、料理や小物を撮るときのテクニック、そして、世界を巡る旅や生み出した作品集について、今まで「ひみつ」にしてきたすべてを語ります。

第31回 青い空 1

ブルーモーメント

 マジックアワーの中に、「ブルーモーメント」と呼ばれるもう一つの魅力的な時間帯が潜んでいます。

 夕陽が沈むと、空はピンクやパープルの淡い色彩に染まります。そんな状態が30〜40分続いた後、空が紺色に変化する時間帯が訪れます。このマジックアワーのファイナルを飾る10〜15分の「青い時」がブルーモーメントで、昔からベストショットが生まれる時間帯として写真愛好家の間で親しまれてきました。

 ブルーモーメントは、よく晴れた日なら、地球上のどこにいても見ることができます。湿度が高い日本ではなかなかカラッとした青空は望めませんが、それでもマジックアワーが終わる頃、空に視線を投げると、紺色に染まる空と出会うことができるでしょう。

 私がこの時間帯のことを強く意識したのは、カナダのプリンスエドワード島で暮らしていたときでした。漁港の夜景を撮ろうと、夕陽が終わってからもじっとその場で待機していたのです。夕焼けのピークが過ぎ、20分くらい経った頃でしょうか、空も入江も神秘的な青い世界につつまれました。外灯に照らされた白い漁船が突然存在感を増します。この「青い時」に生み出した作品は、その後、暗い夜にとらえた作品よりも、心に響く作品になりました。

 以降、ブルーモーメントの時間帯に夜景を撮ることが病みつきになりました。ノバスコシア州の中でも一二を争うほどの有名な景勝地ペギーズ・コーブ。海に沈む夕陽を眺めるベストスポットとしても知られており、夕暮れ時はたくさんの観光客が訪れます。

 しかし面白いことに、夕陽が海に沈んでしまうと、あれほどいた観光客はその場から立ち去ってしまうのです。でも私は、これからはじまる青いドラマのことを知っていたので、花崗岩の上でじっと待機していました。そして捉えた一枚が、私の代表作『BLUE MOMENT』の表紙を飾る作品になったのです。

よく晴れた日の夜、闇の前に数分だけ訪れる青く染まる時。この頃から、ブルーモーメントの時間帯を強く意識するようになった。
2007年に出版した写真集『BLUE MOMENT』。青い時間帯に捉えた世界各国の風景を一冊にまとめた。

なぜ青に惹かれるのか

 2007年に出版した『BLUE MOMENT』(小学館)は、世界各国を旅する過程で、青い時間帯に生み出された作品を一冊にまとめた写真集です。出版直後から大きな反響があり、数ヶ月後には重版が掛かりました。10年以上経った今でも、多くの人に愛される作品集になっています。

 なぜこの風景写真集は日本人の心に響いたのでしょうか。その理由は「色彩」にあると考えます。そう、日本人は色の中でも特に「藍」を好むのです。藍色は昔から、着物、浴衣、作務衣、のれん、風呂敷と、私たちの暮らしに深く根を下ろしていました。鎌倉、室町時代には、藍をより深く染めた褐色の衣服が武家の間でもてはやされていたと言います。江戸時代になると、藍染めは庶民の間に浸透し、急速に広がっていきました。藍染めは木綿との相性がよく、また藍には虫や蛇などを寄せ付けない成分が含まれているため、山や畑での仕事着として適していたのです。明治のはじめ頃、この国を訪れた外国人は、日本人の暮らしに密接に結びついた藍色に目を奪われ、「ジャパン・ブルー」という言葉を生み出しています。(参考文献『NHK美の壺 藍染め』NHK出版)

 もしかしたら藍色は、身につけていると心に安らぎをもたらす色なのかもしれません。確かに出版社に届く愛読者ハガキを見ても、普通の風景写真集であれば「美しいですね」「この地に行ってみたくなりました」という感想がほとんどですが、『BLUE MOMENT』に限っては、「癒やされました」「心が穏やかになりました」「悩みが消えました」という感想が多く寄せられています。

ブルーモーメントの撮影方法

 風景写真の中でも、夜景の撮影は特に難しいとされています。夜景を撮るときは、カメラを三脚に固定し、シャッターをB(バルブ)に設定して、ケーブルレリーズを使って静かにシャッターを切ります。露光時間は1分〜3分です。

 しかし、外光によって照らされている明るい部分が白トビしてしまったり、暗闇の部分は極端に露出アンダーになってしまったりと、なかなか思い通りの作品を生み出すことが出来ません。

 ブルーモーメントの撮影は、夜景よりもハードルが低いと言えるでしょう。この時間帯、地上にはまだ微かな明るさが宿っています。そのため、照明が当たっていない部分も黒潰れすることなく的確に映し出すことが出来るのです。夜景に比べて、ハイライトとシャドーの露出の差が小さくなるので、たとえ長時間露光で風景を捉えても、露出による失敗が少なくなります。

 生み出される作品は、黒い空よりも青い空の方が目を引きます。以前、旅行会社から、バハマ、ジャマイカ、カンクンにあるリゾートホテルの撮影を依頼されました。特に夜景の撮影は拘りました。1日1軒のホテルを、必ずブルーモーメントの時間帯に撮るようにしたのです。オレンジや黄色の照明に照らされたホテルの建物と空の深い青が手を結ぶことにより、まさに「宿泊してみたい」と思わせるような素敵なホテルのエクステリア作品が誕生しました。

ライトアップされた歴史的建造物は、青い空と重ね合わせて撮ると、目を引く作品が完成する。逆に空が暗くなってからは夜景の撮影は行わない。

 デジタルカメラに切り替わってからは、ブルーモーメントの撮影が簡単に行えるようになりました。

 フィルムの頃は、ISO感度100で、1分〜3分もの露出を与えてブルーモーメントを撮影していました。しかし、微かな光も的確に捉えるイメージセンサーを持つデジタルカメラは、同じISO感度100でも、15〜30秒の露出で夜景を撮ることができるのです。当然ISO感度を400、1600と上げていくと、さらに露光時間は短縮されます。

 風が吹いているときは、カメラや三脚が動いてしまうので、長時間露光しなければならない夜景写真は撮ることが出来ません。そのためブルーモーメントの撮影は諦めていたのですが、デジタルカメラだとシャッターを開ける時間が短縮できるので、撮影が可能になりました。

 また、デジタルカメラを使うことによって、今まで撮影が難しかったブルーモーメントの世界も記録できるようになりました。中でも多くの人がチャレンジしているのが、星空夜景です。よく晴れた日に、赤道儀を使って星を追い掛けるように撮影します。すると、深いブルーの夜空に、まるで銀河系を捉えたような満天の星空の作品が誕生します。

 しかしこのような星空夜景の作品は、ブルーモーメントの世界とは少し掛け離れているような気もしています。

 数年前、ある雑誌で「ブルーモーメント」をテーマにフォトコンテストを開催したとき、シンプルな青い風景作品以上に、満天の星空が映り込んだ風景作品が数多く集まりました。確かに星空作品は目を引きましたが、残念ながら賞に輝くことはありませんでした。銀河系のような光景は、肉眼では見ることが出来ません。そのため、どうしても作品から違和感を感じてしまったのです。また空の青さも、明らかにフォトショップなどのレタッチソフトによって彩度を強調した、つまりパソコン上で作り出された「ブルー」でした。このようなデジタルアートの作品は、撮影テクニックを競うフォトコンテストではいいかもしれませんが、やはり通常のフォトコンテストで賞に輝くのは難しいでしょう。

「日本で最も美しい村」フォトコンテストでもたくさんの夜景作品の応募がありましたが、その中で1点、田園風景をブルーモーメントの時間帯に捉えた作品に目が止まりました。群青の空にポツンと一番星が浮かんでいます。この郷愁を感じる作品に審査員一同が息を飲み、見事、賞に輝いたのです。

 一概にブルーモーメントの作品と言っても、今の時代は様々なスタイルがあるようです。しかし私は、空の青さをストレートに切り取ったシンプルな作品が好きです。夜の闇の前にフッと姿を見せる青い時間帯には儚いストーリーが隠されている。人に感動を与える作品とは、目には見えない物語をそっと切り取ることだと思います。

星がチラホラ姿を見せはじめるのも、ブルーモーメントの魅力の一つだと思う。近年、フォトコンテストでは、このような夜空に無数の星が映り込んだ作品が数多く寄せられるようになった。選考のとき、審査員はいつも頭を悩ませる。

【次号に続く】